東の彦 外伝
そんなある日 今日の都で大江山の鬼に次々と姫がさらわれる事件が起きました。
我が姫を案じた帝が 頼光に大江山の鬼退治を命じます。
頼光は四天王を集め 大江山へ向かう算段をつけるのでした。
「山道は金時、お主の得意とするものだろう、先頭を任せてよいか」
「はっ」
金時は深く頭を下げます。
「まずは鬼の住処を探ってほしい、その後、綱、貞道、李武と続かせよう
鬼退治は勿論、何より姫君達のお命を優先せねばならん。大きな役目ぞ。」
「心得ました。」
「しかし、突入するは鬼の寝静まる深夜。 夜の山道は大変危険だ。 十二分に注意してくれ」
「ははっ」
一斉にこうべを下げる四天王を見渡し 頼光は腕を振り上げた。
「皆、鬼との合戦に備えよ!!」
京の山々を漆黒の闇が支配する宵五つ、先頭切って大江山へ踏みいった金時はひとり
、今、京の都を騒がす鬼の屋敷を茂みの中から捉えていた。
屋敷は静まり返り
「静かだか鬼はどこに・・・・・・もう寝たか?・・・・やはり懐にはいって調べねばならんか・・・・・・頼光様は待てといっていたが、全く調べがついていないのでは手の施しようがあるまい」
金時が鬼の屋敷へと踏み込む決意を固め庭を回りこんだときだった、金時の鬼の血だろうか暗闇の中でもはっきりとわかる、おびただしい血が庭の地面を染めている。
更に近づくと、すさまじい血のにおいに金太郎はむせ返った。
「なんだこれは・・・・・・」
金時は庭へと踏み込むと現れた月明かりとともに それこそおびただしい数の遺体が目にはいった。
その遺体は煌びやかな着物に身を包んだまだうら若い姫君たちであった。
金時は痛いほどに唇をかんだ。
「遅かったか・・・・・・なんとむごいことを・・・・・・」
金時は 跪き一人の姫の額に触れるとそっと瞼を下ろした。
「まだ、暖かい・・・・・」
金時は見るに十数体はあると思われる遺体の中をゆっくりと足を進める。
そこまで 乱れた死体はないように見えるが、大きく引き裂かれた肢体からは未だ多量の血が止めどなく流れている。
「まだ、息のあるものはないか、返事をしてくれ、傷の浅いものはないのか」
金時は危険を顧みず声を大にした。
すると、声は聞こえなかったが、衣擦れの音が耳にはいる。
音のほうを見やれば、庭奥に苦しそうな息遣いと共に もぞもぞと動く姫を一人みつけ、生存者がいると駆け寄ろうとしたその時だった、目に入った光景に金時はすぐさま戦闘態勢をとる。
倒れこんだ姫の足元にゆうに一間はありそうな金髪気金眼の大男が、まさに姫に覆いかぶさっているところだった。
「姫から離れろ。貴様が酒呑童子か」
金時は刀を抜き、にじり寄りながら威嚇した。金時の言葉に大男は振り返り立ち上がる。
傷を追ったのか血の海にいた姫はかすんだ目で金時を見ながら何か言いたげであったが、痛みで汗ばんだ体から出た言葉は誰にも届かなかった。
「今、姫になにをしていた! この姫達も貴様がやったのか!!」
金時の声がますます荒くなる。
しかし金髪金眼の鬼は眉をひそめるだけで微動だにしなかった。
月明かりに照らされる金髪金眼は なにかを語りかけてくるようにも思えた。
「金時はすこし奇妙に思ったが、姫を救えなかった怒り、無実の姫をむごたらしく殺した相手に対する怒りが、どんどん勝っていく。
「覚悟!」
金時の刃はまっすぐに大男へと向かっていった。
まっすぐに振り下ろされる正義は純粋に金髪金眼の鬼の胸を貫く。
それはそれは、あっけなく鬼が倒れる。 そう、それは――
これだけの姫を攫い皆殺しにした鬼とは思えぬほど、あっけなく地に落ちた。
奇妙な違和感は金時の心に何かを残したが、そんな思いを振り払い、金時はすぐさま姫に駆け寄る。
「どこを怪我された。お見せくだされ」
着物には多くの血がつき、怪我の場所が全く見当がつかない。
姫は振り絞るように声を出したが、まるで言葉にならなかった。
「あっああっ」
姫が苦しそうに着物をたぐり、もがく手の先を見やる。
「足か?足が痛むのか」
姫が掻き毟る着物の布越しに姫の片足に触れた瞬間、金時は瞬時に理解した。
そこに左足はなかった。
足を切り落とされた、そう思うも、姫の心境を思えば金時は決して口にできなかった。
しかし、姫の意識はあるのだ今、止血をすれば命だけは取り留められるかもしれない。
金時は迷わなかった。
「失礼!」
金時は遠慮なく姫の衣を捲った。
金時は声を失った。 見たことのない光景だった。足を切られている、そう思っていたのに
、まるで血が出ていなかった。
勿論、足はない、しかし血が出ていない。たった今、切り落とされた切り口があるも、血は止まっている。
血でぐっしょりと濡れた姫の着物を握る。
「どういうことだ・・・・・・」
この足のほか怪我をしている様子はない。姫の着物は返り血を浴びたにしては多すぎる血。
しかし、金時は心の奥底で心当たりが過ぎった。
「わたくしは大丈夫です。 どうかご心配なさらず」
漸く声を出した姫は、苦しそうにそう告げた。
「今、我が主、源頼光様がいらっしゃいます。 医者も率いて参りますのでご安心なされませ れ。鬼は一人ですか?」
「私には よく・・・・・・」
「足の痛みは」
「今はもう・・・・・・」
「そうですか――」
金時は この不可解な現象を深く考えるのを止め、姫を抱きかかえた。
「医者が到着するまで 時間がかかります。供に山を下りましょう」
姫は首を横に強く振った。
「わたくしは、もう、このような姿です。どうか置いていって下さいませ」
「何を申される」
金時は声を上げた。
「助かったところで、身を寄せるところがない身です。この姿では一人で生きてゆくことは、敵わないでしょう。ここで最期をむかえます」
「では、わたくしの嫁に来てください」
とっ拍子もない台詞に姫は、目をまるくした。
「なにをっそのようなことをっ――」
「それは、こちらの言葉です。あきらめてはなりません。 多少、厚かましく生きるのが人生のコツだというのを わたしは己の人生で学びました。さぁ、行きましょう」
金時は驚く姫を前から持ち上げ走り出した。
「わたしが、嫌だというのなら、めおとでなくてもいい。これでもわたくし、おなご一人養う甲斐性はあるのですよ。行くところがないと言うのなら、かまわないでしょう。わたくしは、あなたが気に入りました」
声もなく、ただ驚く姫も構いもせず、金時は姫を助けることを一心に願った。この姫を助けるすべは医者じゃないことも知っていた。
我が、育ての親のもとへと急いだ。
金時は一心に願うばかり気がつかなかった。願いがまっすぐで純粋なあまり気がつかなかった・・・・・・抱えられ後方を見やり零すなみだのわけを、
夜風に靡く金髪の髪が血に染まり月明かりに晒される光景が姫の瞳孔に焼きつきて、もう取り除くすべがないことも
そして、なによりも大事なことを置いてきたと思い知るのは、全てを後悔するその日まで
――――あれから、幾歳も過ぎ去り・・・・・・また今年もあの日、鬼狩りに向かった日がやってくる。
金時は姫は、あれから間もなくして夫婦となった二人は京の都の一角で頼光のもと穏やかな日々を送っていた。
月が高々とのぼり、それは穏やかな夜、金時はすこし肌寒い気配で目を覚ました。
数時間前まで隣にいたはずの妻の気配は縁側の障子越しにあった。
「さっ――」
妻の名を呼ぼうとしたときだった。ちらりと見える横顔から見える一筋の妻の涙に、金時は言葉を失った。
いや、言葉を思い出したのだ。
[イバラドウジにおきをつけを――]
そう、金時に告げたのは、あの日あの時に会った金髪金眼の鬼。自分が酒呑童子と勘違いした鬼。
あの日、姫を里に下ろし育ての母に姫を預けると、頼光と合流し、その後、酒呑童子と茨木童子を退治した。
これで終わりだと思っていた。自分も人に仲間入りできたのだと、これで自分の役目は果たされた、そう、思っていた――。
しかし妻の涙で、金時は全てを知った。己の罪を知らされたのだ。
妻が見やる方角の山、月明かりがよく似合う髪の色、これだけで全てを知るには十分だった。
「――温羅様」
再び流れ伝う涙と共に妻が発する知らぬおとこの名。
誰と聞かずとも金時は己の罪をすべて知らされたのだ。
我は愛する妻の想い人を切ったのだと
――妻が好いている相手は我ではない――
この言の葉が金時の生涯を、いや、魂を縛り付ける鎖ことばとなって。
金時は月の光が、まるで全て己に降りかかる矢のように 体が張り付くのも構わずに、何度も何度も、その鎖言葉をつぶやき続けた――。
我が姫を案じた帝が 頼光に大江山の鬼退治を命じます。
頼光は四天王を集め 大江山へ向かう算段をつけるのでした。
「山道は金時、お主の得意とするものだろう、先頭を任せてよいか」
「はっ」
金時は深く頭を下げます。
「まずは鬼の住処を探ってほしい、その後、綱、貞道、李武と続かせよう
鬼退治は勿論、何より姫君達のお命を優先せねばならん。大きな役目ぞ。」
「心得ました。」
「しかし、突入するは鬼の寝静まる深夜。 夜の山道は大変危険だ。 十二分に注意してくれ」
「ははっ」
一斉にこうべを下げる四天王を見渡し 頼光は腕を振り上げた。
「皆、鬼との合戦に備えよ!!」
京の山々を漆黒の闇が支配する宵五つ、先頭切って大江山へ踏みいった金時はひとり
、今、京の都を騒がす鬼の屋敷を茂みの中から捉えていた。
屋敷は静まり返り
「静かだか鬼はどこに・・・・・・もう寝たか?・・・・やはり懐にはいって調べねばならんか・・・・・・頼光様は待てといっていたが、全く調べがついていないのでは手の施しようがあるまい」
金時が鬼の屋敷へと踏み込む決意を固め庭を回りこんだときだった、金時の鬼の血だろうか暗闇の中でもはっきりとわかる、おびただしい血が庭の地面を染めている。
更に近づくと、すさまじい血のにおいに金太郎はむせ返った。
「なんだこれは・・・・・・」
金時は庭へと踏み込むと現れた月明かりとともに それこそおびただしい数の遺体が目にはいった。
その遺体は煌びやかな着物に身を包んだまだうら若い姫君たちであった。
金時は痛いほどに唇をかんだ。
「遅かったか・・・・・・なんとむごいことを・・・・・・」
金時は 跪き一人の姫の額に触れるとそっと瞼を下ろした。
「まだ、暖かい・・・・・」
金時は見るに十数体はあると思われる遺体の中をゆっくりと足を進める。
そこまで 乱れた死体はないように見えるが、大きく引き裂かれた肢体からは未だ多量の血が止めどなく流れている。
「まだ、息のあるものはないか、返事をしてくれ、傷の浅いものはないのか」
金時は危険を顧みず声を大にした。
すると、声は聞こえなかったが、衣擦れの音が耳にはいる。
音のほうを見やれば、庭奥に苦しそうな息遣いと共に もぞもぞと動く姫を一人みつけ、生存者がいると駆け寄ろうとしたその時だった、目に入った光景に金時はすぐさま戦闘態勢をとる。
倒れこんだ姫の足元にゆうに一間はありそうな金髪気金眼の大男が、まさに姫に覆いかぶさっているところだった。
「姫から離れろ。貴様が酒呑童子か」
金時は刀を抜き、にじり寄りながら威嚇した。金時の言葉に大男は振り返り立ち上がる。
傷を追ったのか血の海にいた姫はかすんだ目で金時を見ながら何か言いたげであったが、痛みで汗ばんだ体から出た言葉は誰にも届かなかった。
「今、姫になにをしていた! この姫達も貴様がやったのか!!」
金時の声がますます荒くなる。
しかし金髪金眼の鬼は眉をひそめるだけで微動だにしなかった。
月明かりに照らされる金髪金眼は なにかを語りかけてくるようにも思えた。
「金時はすこし奇妙に思ったが、姫を救えなかった怒り、無実の姫をむごたらしく殺した相手に対する怒りが、どんどん勝っていく。
「覚悟!」
金時の刃はまっすぐに大男へと向かっていった。
まっすぐに振り下ろされる正義は純粋に金髪金眼の鬼の胸を貫く。
それはそれは、あっけなく鬼が倒れる。 そう、それは――
これだけの姫を攫い皆殺しにした鬼とは思えぬほど、あっけなく地に落ちた。
奇妙な違和感は金時の心に何かを残したが、そんな思いを振り払い、金時はすぐさま姫に駆け寄る。
「どこを怪我された。お見せくだされ」
着物には多くの血がつき、怪我の場所が全く見当がつかない。
姫は振り絞るように声を出したが、まるで言葉にならなかった。
「あっああっ」
姫が苦しそうに着物をたぐり、もがく手の先を見やる。
「足か?足が痛むのか」
姫が掻き毟る着物の布越しに姫の片足に触れた瞬間、金時は瞬時に理解した。
そこに左足はなかった。
足を切り落とされた、そう思うも、姫の心境を思えば金時は決して口にできなかった。
しかし、姫の意識はあるのだ今、止血をすれば命だけは取り留められるかもしれない。
金時は迷わなかった。
「失礼!」
金時は遠慮なく姫の衣を捲った。
金時は声を失った。 見たことのない光景だった。足を切られている、そう思っていたのに
、まるで血が出ていなかった。
勿論、足はない、しかし血が出ていない。たった今、切り落とされた切り口があるも、血は止まっている。
血でぐっしょりと濡れた姫の着物を握る。
「どういうことだ・・・・・・」
この足のほか怪我をしている様子はない。姫の着物は返り血を浴びたにしては多すぎる血。
しかし、金時は心の奥底で心当たりが過ぎった。
「わたくしは大丈夫です。 どうかご心配なさらず」
漸く声を出した姫は、苦しそうにそう告げた。
「今、我が主、源頼光様がいらっしゃいます。 医者も率いて参りますのでご安心なされませ れ。鬼は一人ですか?」
「私には よく・・・・・・」
「足の痛みは」
「今はもう・・・・・・」
「そうですか――」
金時は この不可解な現象を深く考えるのを止め、姫を抱きかかえた。
「医者が到着するまで 時間がかかります。供に山を下りましょう」
姫は首を横に強く振った。
「わたくしは、もう、このような姿です。どうか置いていって下さいませ」
「何を申される」
金時は声を上げた。
「助かったところで、身を寄せるところがない身です。この姿では一人で生きてゆくことは、敵わないでしょう。ここで最期をむかえます」
「では、わたくしの嫁に来てください」
とっ拍子もない台詞に姫は、目をまるくした。
「なにをっそのようなことをっ――」
「それは、こちらの言葉です。あきらめてはなりません。 多少、厚かましく生きるのが人生のコツだというのを わたしは己の人生で学びました。さぁ、行きましょう」
金時は驚く姫を前から持ち上げ走り出した。
「わたしが、嫌だというのなら、めおとでなくてもいい。これでもわたくし、おなご一人養う甲斐性はあるのですよ。行くところがないと言うのなら、かまわないでしょう。わたくしは、あなたが気に入りました」
声もなく、ただ驚く姫も構いもせず、金時は姫を助けることを一心に願った。この姫を助けるすべは医者じゃないことも知っていた。
我が、育ての親のもとへと急いだ。
金時は一心に願うばかり気がつかなかった。願いがまっすぐで純粋なあまり気がつかなかった・・・・・・抱えられ後方を見やり零すなみだのわけを、
夜風に靡く金髪の髪が血に染まり月明かりに晒される光景が姫の瞳孔に焼きつきて、もう取り除くすべがないことも
そして、なによりも大事なことを置いてきたと思い知るのは、全てを後悔するその日まで
――――あれから、幾歳も過ぎ去り・・・・・・また今年もあの日、鬼狩りに向かった日がやってくる。
金時は姫は、あれから間もなくして夫婦となった二人は京の都の一角で頼光のもと穏やかな日々を送っていた。
月が高々とのぼり、それは穏やかな夜、金時はすこし肌寒い気配で目を覚ました。
数時間前まで隣にいたはずの妻の気配は縁側の障子越しにあった。
「さっ――」
妻の名を呼ぼうとしたときだった。ちらりと見える横顔から見える一筋の妻の涙に、金時は言葉を失った。
いや、言葉を思い出したのだ。
[イバラドウジにおきをつけを――]
そう、金時に告げたのは、あの日あの時に会った金髪金眼の鬼。自分が酒呑童子と勘違いした鬼。
あの日、姫を里に下ろし育ての母に姫を預けると、頼光と合流し、その後、酒呑童子と茨木童子を退治した。
これで終わりだと思っていた。自分も人に仲間入りできたのだと、これで自分の役目は果たされた、そう、思っていた――。
しかし妻の涙で、金時は全てを知った。己の罪を知らされたのだ。
妻が見やる方角の山、月明かりがよく似合う髪の色、これだけで全てを知るには十分だった。
「――温羅様」
再び流れ伝う涙と共に妻が発する知らぬおとこの名。
誰と聞かずとも金時は己の罪をすべて知らされたのだ。
我は愛する妻の想い人を切ったのだと
――妻が好いている相手は我ではない――
この言の葉が金時の生涯を、いや、魂を縛り付ける鎖ことばとなって。
金時は月の光が、まるで全て己に降りかかる矢のように 体が張り付くのも構わずに、何度も何度も、その鎖言葉をつぶやき続けた――。