君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)


「どうした」



その声で、はっと我に返る。

運転席の新庄さんが、こちらを見ていた。



「なんでもないです」



新庄さんは、軽くうなずくと、前方に視線を戻す。

待望の土曜日は、午前中から今にも降りそうな空模様で、新庄さんが迎えに来てくれた時には、パラパラと降りだしていた。



「疲れ、とれました?」

「起きたら午後だった」



近場というお題で、車は東京湾方面に向かっている。

湾にかかる橋を渡って埋立地へ。


海は、雨にけぶってよく見えない。

濡れた悪路だけど、新庄さんは普段と同じように、危なげなく高速で走らせる。



「携帯、切っとけよ」



言われて、そうだ、と思い出した。

不機嫌そうな声に、つい笑いながら、バッグから取り出して電源を落とす。


仕事用の携帯は、さすがに切るのがためらわれて、迷っていると。



「いいから切れ」



俺が許す。

煙草をくわえてそう言いきるのに、また笑った。

新庄さんに許されても仕方ないんだけど。


けど妙な説得力に、おとなしく切ると、新庄さんも自分の2台を切った。



「多少の邪魔は無視するぞ、今日は」

「もう少し、ムードのある言いかたしてもらえませんか…」



たぶん、新庄さんて、私と、っていう気持ちも、本当なんだろうけど。

それ以前に、目標をなかなか達成できないこと自体が、許せないんだと思う、性格的に。


あまりに即物的な物言いに、もはや彼の中で私がノルマ化してるんじゃないかと不安になって、お願いすると、ちょっと考えて、努力する、と言ってくれた。

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