君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)
「会場全体に関する質問は、メインのインフォメーションへ、商品に関する質問は、メーカーの社員に回します」
10名ほどの派遣スタッフを前に、高木さんが説明をする。
今週の土日から翌週の土日まで、9日間の日程で開催されるイベントのために集められた人たちだ。
屋外の会場に、様々な企業が出展する中、私たちのクライアントも中規模のブースを展開する。
メイン担当は高木さんで、私は事前準備と現場のサポートが担当。
説明会場である、大型の会議室の隅に、三ツ谷くんと並んで座る。
私は、説明自体を聞く必要はないので、雑誌記事の校正をしていた。
「これ、どういう意味ですか」
「配布用に、カタログやリーフのセットをつくるってこと」
小声で訊いてきた三ツ谷くんが、ありがとうございます、と言ってうなずく。
6部に来て一週間以上になる彼は、課長たちがすでに「本配属でも来てほしい」と言うくらい、買われている。
運営マニュアルに書きこみをしながら耳を澄ます、理知的な横顔を眺めながら、いいなあ、と純粋に思った。
私は、誰かにそんなに必要とされているだろうか。
新人なのに、と褒められる時期はとっくに過ぎた。
中堅というにはまだまだだし、後輩を持ったこともない、中途半端なポジション。
そんなことを考えていると、静かに左手のドアが開いて、堤さんが滑りこんできた。
私を見て手招きするので、音を立てないように、壁際へ行く。
堤さんは腕を組んで、スタッフに聞こえないよう低い声で伝えてきた。
「リコールが発生した。13時にプレスリリース。各メディアの出稿の意向は今クライアントに確認中だけど」
たぶん、TV新聞以外は、動きなし。
ということは、そこまで重大なリコールではないのだろう。
一瞬緊張したけれど、ほっとする。
「雑誌のほうも、大塚さんのほうで確認しておいてくれるかな」
「はい」
堤さんは来た時と同じく、音もなく出ていった。