君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)
撮影が再開し、セッティングを変える間、私たちは、2階の吹き抜けから、ガラス越しにそれを見おろしていた。
と、携帯をとった小出さんが、話しながら階段のほうへ移動していく。
三ツ谷くんと、ふたりきりになってしまった。
さっきの話題、出さないでくれたらいいなあと思っていると、目が合った。
また読まれてしまったんだろう、三ツ谷くんは、ちょっと眉を上げて言った。
「上司とって、意外と大胆ですね」
「私はいいけど、新庄さんをバカにしないで」
「しませんよ。大塚さんみたいな部下がいたら、可愛いと思いますもん」
だからその、部下に手を出した上司、っていう見かたをやめてほしいのに。
正確には、上司だった頃には何もなかったんだよ、なんて言ったら、逆に何か墓穴を掘りそうなので、やめた。
三ツ谷くんはカップのお茶を飲みながら、セッティングをじっと見つめている。
「…海外って、留学?」
2年行っていたというのはあまり聞かないので、ちょっと興味があって聞いてみた。
三ツ谷くんはスタジオに目を向けたまま、首を振る。
「サッカーです」
「サッカー留学?」
また首を振る。
「留学じゃなくて、単にサッカーをしに、イタリアへ行ってたんです」
単に、サッカーをしに?
私がまったく理解できていないのがわかったのか、三ツ谷くんがこちらを向いて笑った。
「俺、小さい頃からクラブでやってて、高校の時は全国にも行ったんです。けど大学では特に何もやってなくて」
「すごいね、全国!」
「でもやっぱり、うまい人とプレイしたくなって。どうせなら好きなイタリアでやりたいなと思いついて」
「…すごいね」
「金ためて、ホームステイしながら、向こうのアマチュアクラブに入れてもらったんです」
マイナーチームですけど、レベル違いますよ、と楽しそうに語る三ツ谷くんは、なんだか普通の男の子だ。