君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)

「つてとか、あったの? 言葉は?」

「完全に飛びこみです。言葉は、本気で会話しようと思えば、なんとかなるでしょ」



はあ、と感心してしまった。

発想もすごいけど、それを実現する行動力もすごい。

そんな経験をしている人なら、確かに私なんて、仕事上の先輩とはいえ、可愛いもんだろう、と納得してしまう。



(う…)



なんだか、人間的に自分が小さい気がしてきて、微妙に落ちこむ。

私、何かそんな、人に言えるような体験、してきただろうか。


その時、館内を震わすような、甲高い音が鳴り響いた。

非常ベルの音だと気がついたのは、一瞬後だった。


スタジオへ降りるため、とっさに階段に向かって走りだすと、同じことをしようとしていた三ツ谷くんとまともにぶつかってしまった。

私が彼を横から突きとばす形になって、見事にふたりとも転ぶ。



「ごめん、大丈夫?」



慌てて起きあがって、下敷きにしてしまった三ツ谷くんを、のぞきこんだ。

そこまで身長も変わらないので、恥ずかしいことに、相当な衝撃で倒してしまった気がする。


どこか打ってたりしないだろうか。

いてて、と言いながら身体を起こした三ツ谷くんが、眼鏡を直す。


床にひざをついた私と、目線が同じ高さになって、視線がぶつかった。

三ツ谷くんが吹き出して。

つられて私も笑う。


三ツ谷くんは、クールな外見に似合わず、笑うと印象が可愛くなる。

俺はね、と私を見て言った。



「けっこう本気で、新庄さんがうらやましいですよ」



ベルの音に負けないように、はっきりとそう言って、笑った。



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