君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)
新庄さんが、新聞をたたんで片手に持ち、テーブルの上にある煙草に手を伸ばした。
懐かしい、いつもの新庄さん。

手早く火をつけて、深々と吸って、いまいちだなあ、とつぶやく。


「本調子じゃないんですか」
「そうみたいだ」


本当に、煙草の味が体調のバロメータになっているらしい。


「おいしくないんなら、今日くらいはやめたらどうですか」


りんごをもうひとつ差し出す。


「一日一個で医者いらず、ですよ」
「俺だって別に、医者が必要だったわけじゃない」


何、そのへりくつ。
けれど新庄さんは、素直にりんごをかじると、何か考えごとをするように、宙を見つめながら咀嚼して。


「なるほど」


唐突に、そう言った。


「なるほど?」
「向こうに移ろうぜ」


煙草を消して、新聞を置いた新庄さんに手を引かれて、立ちあがる。
向こうって? と思っていると、向かう先は、どう見ても、寝室だった。

え?

え?


「ね、新庄さん…」


まったく聞いてもらえない。

何がどうして、そういうことになったんだろう。
さっきの一瞬で、いったい何を考えて、こうなったんだろう。

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