君しかいらない~クールな上司の独占欲(下)

学生の頃と違って、4月というのは、それほど区切りを感じる月ではない。


むしろ忙しいのは年度末で、いざ年度が切り替わってしまえば、それを意識することは、あまりない。

そのうち、徐々に見えてくる5月の連休に向けて、前倒さなければならない仕事に追われる。

そんな月だった。


ところが今年はちょっと違う。



「大塚さん、おはようございます」



いかにも真新しいスーツに身を包んだ社員が、エレベーターの前で声をかけてくる。



「おはよう」

「今日、企画との総打ち合わせですよね。僕、初めてで」



長身ではないけれど、細身でバランスのとれた身体に、スマートな黒いフレームの眼鏡をかけた男の子。

資料、よく読んどいたほうがいいよ、と念を押すと、もう読みまくりました、と冗談めかした返事が来る。


新入社員が、私たちの部署に、研修に来たのだ。


この会社の新人は、5月いっぱいまでを研修期間として、各部署を転々とする。

だいたい2週間から3週間でローテーションし、6月に正式配属となる。


数十人という新入社員がいても、膨大な数の部署があるため、すべての部が研修生を受け持つわけではなく、私は入社以来初めて、自分よりも年次が下の社員と一緒に働くことになった。


三ツ谷豊(みつやゆたか)くんというその新人は、たぶんなかなか頭がよくて、物怖じしなくて、闊達で、自分の考えをきちんと言う。

みんなが「当たりでよかった」と喜ぶような新人だった。

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