妬こうよ、そこはさ。
一歩近寄ってひどく真面目な表情をすると、彼女は困ったように目を剣呑に尖らせた。


「あなたがいなくても平気だったりしなくもないって言ったの」

「へえ。分かりにくいよ、どっち?」


微笑んだのは、本心じゃないのなんか分かっているから。


目が泳いでいるし、困った顔だし、嫌いな相手に向ける態度をしていない。


「……私はあなたがいなくても平気だと言った」

「そう」

「…………」


黙る彼女に、先ほどのお返しとばかり、俺も論点をすり替える。


短く頷いて、指をそっと奥さんの髪に滑らせた。指通りの良い髪がするりと手から逃げるのを、何度も掬い上げて追いかける。


じわり、体温が上がったらしい奥さんは、ひたすら斜め下を見ている。


梳きながら少しずつ下ろした、もう冷たくはない指で、頬を撫でれば。

泳いだ視線ごと、まぶたを伏せて表情を隠してしまうから。


「なあ、赤いよ?」

「っ……」


囁いて、片手で顔の向きを固定した。


「さっき、俺がいなくても平気って、君は言ったけど」


口調が思いの外静かなのは、きっと、これがただの事実だからだ。


「でも、俺が一緒にいたいから、一緒にいて」

「……わ、かった」


覗き込んだ瞳は相変わらず淡白で、そして、俺が焦がれてやまない奥さんの瞳だった。
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