Rolling Love
1.たとえばこんなはじまりかた

「ただいまぁ」

 うだるような暑さと容赦なく照り付ける真夏の西日から逃れるように、わたしは玄関のドアを開けた。家の奥から静かに流れてくる冷房の冷たい空気が心地よい。大方、暑さにめっぽう弱いお母さんが朝のうちからエアコンを付けっぱなしにしてるんだろう。電気代大丈夫なのかな今月、と口には出さず内心で母をそっと咎める。
 
 今日は8月4日、大学1年生のわたしにとっては試験期間――というかレポート提出期限の最終日で、明日から大手を振って2か月の夏休みに突入、というところだった。既に先月の海の日あたりから高校生は夏休みモードで、1コマの授業に出るために電車に乗ると明らかに制服を着た中高生が少ないことに、つい去年まで自分も高校生だったことはちゃっかり棚に上げて羨ましい、と呪詛を唱えていたのは大学生の常だろう。たぶん、明日から朝の電車からは大学生の姿が消えるから、世間の大半を占める社会人の皆様もきっとそう思うはずだ。まったく世の中というのは、難儀にできている。

 ともかくわたしは、ゆうべまでに仕上げたレポート3本を出しに大学まで行って帰ってきたのだった。指定された字数はクリアしているし、講義もそこそこ真面目に聞いてレジュメにもメモを取っていたのだから、最低でも良は取れているだろうと思いたい。少なくとも、適当に仕上げたものではないから勘弁してください教授、と学務のレターボックス3か所にレポートを突っ込んで、大学の図書館で文芸書をちょろっと物色して、それでわたしの大学1年の前期は無事終わったのだ。
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