すきとおるし
わたしたちは三年前、インターネット上で知り合った。
ゆん、花織、きんぎょ、ジョン・スミス、そしてイチ。全員顔も本名も知らないし、年齢も住んでいる場所も職業も違う。それでもわたしたちは仲良くなって、毎晩仕事から帰るとすぐにパソコンをつけ、スカイプにログインした。
毎日楽しくて仕方なかった。どんなに仕事で嫌なことがあっても、みんなと話すだけで忘れることができた。退職を考えていたわたしにとって、この集まりは救いだった。明日も頑張ればみんなと話ができる。そう思うと、次の日もその次の日も頑張れた。
ゆんは同い年の男で、一番気が合って趣味も合った。そのおかげでいつも話が盛り上がり、大笑いし、そしてよく口論にもなった。
花織はいつもそれを止める役。通話を始める前は同い年の女の子だと思っていたのに、実際は男。ゆんに比べると大分、かなり、とても優しい男性だった。
きんぎょは最年少で一番の毒舌家。どんなことでもずばっと言ってくれて、とても気持ちの良い子だ。最年少ということもあって、同級生三人組はこれでもかってくらい彼女を可愛がった。
花織が男だったなら、ジョン・スミスは女だった。それも天然でのんびりした話し方をするとても可愛い女の子。そののほほんとした雰囲気はいつだってわたしたちを癒したけれど、そんな雰囲気の子をジョンと呼ぶのは似つかわしくない気がして、スミスのスをとりスーちゃんと呼ぶことにした。
そしてわたしがイチ。
本名を知らなくても、年齢や住んでいる場所や職業が違っても、ずっと仲良くやっていけると思っていたし、そう願っていた。
のに。
七月の終わりのことだった。その日はゆんもきんぎょもスーちゃんも不在で、花織とわたしのふたりで通話を始めた。なぜだか花織はやけに楽しそうでへらへら話していた。そしてその勢いのまま「イチに会いたい」と言ったのだった。
いつかはみんなと会ってみたいなと思っていたし、前にスーちゃんとそういう話をしていた。だからわたしは、スーちゃんと一緒に挙げ連ねた行き先候補地を花織に伝えた。遊園地、動物園、海、キャンプ、カラオケ、ちょっと遠出して沖縄……。
でも花織はそういう意味で言ったのではないらしい。
「イチとふたりで会いたい。俺、前からイチのことが好きだったんだ。だから、ふたりで会いたい」
突然の告白にわたしは焦り、戸惑い、返事を先延ばしにした。花織は「いいよ」と言って笑った。
花織のことは好きだ。でもそれは友人としての好きであって、今まで一度も男として見ていなかった。それ以前に、わたしには好きな相手がいた。わたしはゆんが好きだったのだ。人としても、男としても。それなら花織の告白はすぐにはっきり断るべきだった。
次に通話する時、ちゃんと伝えよう。そう決めていたのに、花織はそれ以来集まりに顔を出さなかった。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎる頃。ようやく彼がログインしたと表示され、ずっと心配でそわそわしていたわたしたちは、即座にグループ通話に追加した。
でも、聞こえてきたのは女性の声。
「初めまして、次郎の姉の一花といいます」
そこでわたしたちは、花織の本名を知った。
「次郎と仲良くしてくれてありがとう。次郎は一ヶ月前、事故で亡くなりました」
そしてわたしたちは、花織の死を知った。
友人が死んだ。もう二度と話すことができない。グループ通話中にゆんと口論になっても、止めてくれる人はいない。
それなのになぜだろう。どうして「死」がこんなに遠く感じるのだろう。花織が死んだと実感できない。何も感じない。涙も出ない。お悔やみの言葉さえ浮かばなかった。
実際に遺影を見たりお墓参りに行ったら悲しい気持ちになるかもしれない。だから三人に、お墓参りに行こうと提案した。
初対面はそれから一ヶ月後。暑い日だった。みんなその暑さにやられてぐったりしていて、花織の実家で一花さんから話を聞いているときは、慣れない正座で足がやられた。きんぎょは新しいパンプスで靴擦れを起こし、スーちゃんは日焼けで真っ赤になった肌を気にしていた。ゆんは黒い上着のせいで尋常じゃないくらい汗をかき、わたしは喪服のタグが肌にあたって痒かった。
何より一番の問題は、実際に遺影を見てもお墓参りをしても、花織の死を実感できなかったということだ。
これはまずい。あっち関係がご無沙汰なばかりに不感症になってしまったのではないかと不安になって、地元に帰るとすぐにレンタルビデオ屋に駆け込んだ。そこでアダルトビデオを二本借りて見たら、ちゃんと興奮した。良かった、そういう感情はまだ残っているみたいだ。
花織がいなくなってから、みんなの集まりが悪くなった。たまに思い出したように一人二人がログインして、小一時間チャットや通話で近況を報告し合う。ただそれだけ。わたしは毎晩パソコンの画面を見つめて待ちぼうけ。煙草の本数ばかり増えてしまい、睡眠時間が減っていったから、パソコンを開くのを辞めた。
花織の死はまだ実感できないというのに、状況は変わってしまった。いや、知り合う前に戻ったと言ったほうが正しいのかもしれない。
夏が近付く頃に三人と連絡を取り、一周忌にもお墓参りに行ったけれど、やっぱり何も感じなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。散々考えたけれど、毎晩疲れていつの間にか眠ってしまって、そのうち考えることもやめてしまった。