すきとおるし


「受け入れたって言っても、やっぱり意味は分かってねぇよ。同い年だったし男同士だったし、ふたりで色々話もしたし」
「ゆんと花織だけで、どんな話をしてたの?」
「仕事とか恋愛とか色々。おまえらだって女子だけで話してたろ」
「そうだったね……」
「大まかに言えば、おまえらの女子トークと変わんねぇよ。女子ほどキャピついてないだけ」
「わたしたちだってキャピついてたわけじゃない」
「おまえは花織のネガティブ恋愛話を聞かされてないからそう言えるんだ」
「ゆんが言うならそうかもね」
 ゆんはもう一度ため息をついて、わたしの隣にしゃがむ。ふたりで墓石を見上げると、やけに冷たい風が吹いて、髪がさらさらと揺れた。それを合図に、ゆんが言う。
「花織はおまえが好きだった」
 知り合ってから一番、穏やかな声だった。
「知ってる」
 答えたわたしの声も、ここ数年で一番穏やかだった。
「知ってた?」
「花織が死ぬ数日前、通話中に」
「おまえの返事は?」
「してない。あの時はびっくりして、返事を先延ばしにした」
「そっか……」
「返事をしないまま花織は死んで、そのあと線香をあげに行ったとき、一花さんに封筒を渡された」
「封筒?」
「中には花織からの手紙が入っていた。花織の部屋の机に置いてあったんだって。俗に言うラブレター。住所も本名も知らないのに、花織ったらわたしにラブレターを送ろうとしてた」
「花織らしいな」
 手紙の内容は、わたしのどこを好きになったとか、付き合ったらこんな特典があるよってアピールだろか、デートで行きたい場所だとか……。ラブレターというよりも企画書のようだったけれど。真面目で優しい花織らしいものだった。
「手紙を読んで、花織との未来を想像した。優しい花織はきっと良い恋人になった。良い旦那にもなった。記念日やイベントを忘れずに、喜ばせてくれたと思う」
「だろうな」
「でもいくら想像しても無駄。花織は死んだ」
「もし生きてたら?」
「え?」
「花織がもし死んでいなかったら、おまえはあいつと付き合ったか?」
 もし死んでいなかったら、なんて。いくら話したところで意味はない。花織は死んでしまったのだから。
 でもこの質問の答えは「ノー」だ。
「好きな人がいた。だから、最初から断るつもりだった」
 ゆんはふうと息を吐いて「その相手とは?」と問う。
 わたしは首を横に振る。
「なにも。何にもない」
「何にもないってことないだろ」
「本当に何にもない。会ってもいないし話してもない」
「そいつとの未来は、想像しなかったのか?」
「しなかった。しようとも思わなかった。ただ話すのは楽しいってだけ」
「もしかして、そいつと付き合ったら花織に悪いとか思ってる?」
「分からない」
「自分に好意を持ってるやつを振って他のやつと付き合うのは悪いことじゃない。みんなやってる。俺だって何回振って振られたか」
「ゆん、本当に、分からないの」
 花織のことは人として好きだった。でも、恋人や夫婦にはなれない相手だったと思う。
 ゆんの言っていることは分かる。振って振られたなんてよくある話だ。花織には悪いけれど、大して悪いことだとも思っていない。それなのに、わたしの時間は二年前から止まったまま。わたしの身体は二十七歳になったというのに、心は二十五歳のあの日のままだ。
 実感のない、感情のない死が、これほどまでに大きいものだとは。
 死というものが、これほどまでに透き通ったものだとは……。


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