すきとおるし
「後悔してるか?」
「え?」
「花織に返事しなかったこと」
返答に困り黙ったままでいると、ゆんは「俺は」と続けた。
「俺はこの二年、ずっと後悔してた。あんなこと言わなきゃよかったって」
「花織に何言ったの」
「イチはやめとけって」
「わたし?」
「そう、おまえ。イチが好きになったどうしようって相談されたとき、あいつはすぐ揚げ足とるし口は悪いし我が強いから、恋人にも嫁にも向いていない。そんなやつとの遠距離恋愛なんて尚更無理だ、やめておけって」
ひどい言われ様だった。でも全部当たっていた。わたしはゆんが言う通りの女だ。付き合ったとしても、花織を傷付けて終わっただろう。
「花織は、イチと仲が良いゆんが言うならやめたほうがいいなって言った。花織が死ぬ一ヶ月前の話だ」
「そう……」
「一花さんから花織が死んだって聞いたとき、ああやっちまったって思った。花織が告白しないで死んだのは俺のせいだって。もしイチがオーケーしていたら、ふたりの未来を奪ったのは俺だ」
言いながら俯き、奥歯を噛みしめるゆんの背中を、ぽんぽんたたいた。あやすように。なだめるように。
「わたしは告白された。ゆんはもう後悔しなくていい」
後悔するべきはわたし。告白の返事をせずに終わり、二年経って花織が眠るお墓の前で、彼の友人に返事をしたわたしだ。
「おまえこそ、後悔するな」
ゆんが俯いたままで言った。
「後悔も気にもしなくていい。急なことだった。本名も顔も知らなかった。何も感じなくても仕方ない。だから」
言葉を切ったタイミングで、もう一度やけに冷たい風が吹く。髪がふわりと浮き、汗でぬれた額や首筋を風が撫で気持ち良い。
「だからお互い後悔はやめて、一歩進もう」
ゆんはわたしに視線を移し、ゆっくりと立ち上がる。そしてこちらに向かって左手を差し出した。
「おまえは好きな男と会って話して。惚気話をきんぎょやスーちゃんや俺にする。俺らはおまえをからかって、揚げ足をとって、笑い合う。そういう毎日に戻ろう」
そんな毎日に戻る。戻りたい。あの頃は楽しかった。でも戻れはしない。いくらゆんたちと楽しく笑い合ったとしても、花織はもういない。グループ通話に花織が加わることはもうないんだ。
「無理だよ」
「無理じゃない」
「だって花織、死んじゃったよ?」
差し出されたままの手を見つめながら言うと、その手はわたしの顔の横を通り、汗まみれの腕を掴んだ。そしてそれを引かれて立ち上がる。ずっとしゃがんでいたせいで足が痺れ、よろけてゆんの胸に激突した。途端に目頭がじいんと熱くなった。
「花織は死んだけど、俺らは生きてる」
「痛い……」
「生きてるからな」
「鼻打った……」
「そうだな、俺の胸にぶつかった」
「痛いから涙出た……」
「そうだな」