「先生、それは愛だと思います。」完
第一章

先生の誘惑


文月ことりは困惑している。
なぜこんな展開になったのか。どうして今、先生に迫られているのか。
「知らんわ、そんなの」
私の予想では、全くこうなる筈ではなかった。

話は二時間前に遡る。
私は、手芸部での活動を終えて、部室の鍵を返しに職員室に向かっていた。季節は三月で、もうそろそろ私達新三年生の受験勉強が本格的になる時期だ。
私は大学への進学を考えていて、こんな風に春休みに部活動へ顔を出すのも、もうこれが最後だろう。そんな風に感慨深くなりながら職員室のドアに手をかけると、しわがれた残念そうな声が聞こえてきた。

「高橋先生も異動ですか。若い先生がいなくなると、また寂しくなりますな」

そのひと言は、私に大きな衝撃を与えるには十分なひと言だった。
大好きな高橋先生がいなくなる……?
私はドアに手をかけたまま、その場に立ち尽くしてしまった。

「俺も寂しいです。今の二年生が卒業するところまでは、見送りたかったんですけどね」

高橋 誠(タカハシ マコト)先生は、この学校で唯一の二十代の先生で、適当にゆるいところが生徒に人気だった。容姿も端麗で、その辺の汗臭い男子とは違って、気品があって、清潔感があって、中には『若様』なんて呼んでいる女生徒もいた。

横に流した、少し長めの前髪からのぞく、切れ長の瞳がセクシーで好きだった。教科書を持つ手が大きくて男らしくて好きだった。ブルーのネクタイを少し緩める仕草が無防備で色っぽくて好きだった。男子生徒とくだらない下ネタで盛り上がっているお茶目なところが可愛くて好きだった。
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