「先生、それは愛だと思います。」完
傷つけたくない 前半 *高橋side
『あなた達のためを思って、私は離婚しないでいるのよ』
幼い頃から何度も何度も言われてきた言葉だった。
夫婦喧嘩のあと、母は決まってその言葉を俺だけに浴びせた。
当時、俺はまだ小学生だったけれど、結婚というものが幸せなものばかりではないことは分かっていた。
浮気性の父に何度裏切られても、生きていくために言いなりになっている母を見て、結婚はある種の契約で、束縛で、呪いのようなものなんじゃないかと思った。
母は父を愛していない。
父は母を愛していない。
じゃあ、なぜ一緒にいる?
まだ子どもだった俺は、その疑問を露骨に顔に出してしまっていたのだろう。
疑念を抱いた俺の瞳を見ると、母は決まってヒステリックになり、あの言葉をまるで暴力のように浴びせるのだった。
『あなた達のためを思って、私は離婚しないでいるのよ!』
いつからだろうか。
あなたたちがいるから、と、聞こえるようになったのは。
いつからだろうか。
結婚している母が、まるで呪いにかかった可哀そうな人間に思えるようになったのは。