「先生、それは愛だと思います。」完
その名前を聞いた瞬間、さっきとは比べ物にならないほどの衝撃が背筋を走り抜けた。
美里がこの街にいる?
もう地元の人とは、一生会うことは無いだろうと思っていたのに。
しかも、自分の生徒の姉として、この街にやってきているとは。
あの頃の美里の笑顔や泣き顔が急にフラッシュバックして、俺は身動きが出来なくなってしまった。
「やっぱり知ってるんですね。そうですよね。元カノの名前ですもんね」
楠は、追い詰めるような笑顔で、そう言い放った。
「美里さんも先生のこと覚えてましたよ。恋バナで好きな人の話になって、高橋先生の写真を見せた時、美里さん固まってたなあ」
美里の中での俺の印象が良いはずがない。きっと二度と顔も見たくない相手だったろう。その相手が自分の妹の担任だなんて知ったら、ショックに決まってる。
「ねぇ、高橋先生のことを好きだって言った時、美里さんなんて言ったと思う?」
……曇り空からぽつぽつと小雨が降りだして、シャツの袖口に雨粒の染みができた。
冷たい滴が、楠の睫毛の上に落ちて、彼女がまばたきをすると、すぐに流れて落ちた。
「この人を好きになると、苦しい想いをするから、やめておいたほうがいい……そう言われたの」
……その通りだよ、楠。美里が言った通りだ。
俺なんかを好きになるのは、やめておいた方が良いに決まっている。
だって俺には、人を幸せにする力が無い。
結婚と言うものに対して、プラスなイメージが持てない。
愛すると言う感情が、どういうものなのかいまだによく分かっていない。
だからあんなに無神経な言葉で、美里を傷つけた。
美里だけじゃない。もらうばかりで何も返さない恋愛を、平気な顔でしてきた。