「先生、それは愛だと思います。」完
手離したくない。でも傷つけたくない。この子のそばにいたい。でも解放してあげたい。……大人として、この子の未来を潰したくない。
だけど、文ちゃんが好きだという感情が、今この子を抱きしめてしまっている。拘束してしまっている。
「文ちゃん……、さっきあんな風に威嚇しておいて、俺は文ちゃんをちゃんと縛っておける勇気が無い。……それは、文ちゃんの時間に責任を取れないからだよ」
はっきりとそう言い切ると、文ちゃんの方が一瞬小さく震えた。
「このことがバレて進学に響くことがあったら俺は全力で文ちゃんを守るよ、その責任は取れる。でも、時間はどうやったって取り戻せないから、そのことをちゃんと話しておきたかった」
彼女の顔を見ることが怖くて、後ろから滔々と述べた。他人事のように話さないと、言葉に詰まってしまいそうだったから。
「俺は最初、文ちゃんに好きな人が出来たらすぐに別れるって言ったよね。それは、最初から逃げ道を作っていたんだ」
「責任を取らないための、逃げ道……?」
「……そうだよ。保険かけまくってるんだ、あの時から、今も。俺は、ずるい人間だから」
そこまで言うと、文ちゃんは黙りこくってしまった。
文ちゃん、逃げ出すなら今だよ。忘れるなら今だよ。
そう思っているのに、彼女を抱きしめる力は、どんどん強くなっていくのは、なぜだ。
……父とろくに会話をしたことの無い俺が、〝ふつうの家庭〟を知らない俺が、果たして誰かを幸せにすることができるのだろうか。
たとえ心から愛した人でも、結婚という鎖でその人を縛り付ける勇気が、俺にあるだろうか。
年を重ねて、誰かと付き合っても、頭の片隅にはいつも泣いている母親の姿が浮かんだ。
俺は、愛している人を、あんな風にしたくない。絶対に。
それだけを思って、生きてきた。
だから人に深入りすることが怖かった。
人の心の深くに入れば入るほど、その人を縛ってしまう気がしたから。
俺にとってそれはとても、怖いことだったから。