「先生、それは愛だと思います。」完
「バカにしないで、私はあんたみたいに薄い人生歩んでないの。私なら、人を愛せない痛みを共有することができるの」
私にしかできないことがあるから、先生には私みたいな人が必要なのよ。
「同じ痛みを分かち合えるのよ、あんたには分からないでしょう!? 家族から愛されて、のうのうと暮らしてきたあんたには!」
「私はっ」
大きな声を出して、文月が突然立ち上がった。それから、胸に入っていたシャーペンを、手の甲にぐっと押し当てた。
「私は、同じ痛みを相手にも分かってほしいなんて、思わない」
鋭利なペン先がぐっと肌に押し付けられていくのを、私はただただ黙って見つめていた。
「こんなに痛いこと、相手に味わってほしくない。そんなこと望んでない」
「また綺麗ごとを言うつもり?」
「私は先生の気持ちをまだ全然理解できてないし、どんな傷があるのか分からない。でも、痛かったねって、傷口を撫でることはできる」
「愛を信じられなくなった人の気持ちを知らないくせに、そんなことできるわけないじゃない! 自惚れないで!」
「自惚れるくらいじゃないと、近づけないもの!」
投げたペンが床に転がって、緊迫した空気が辺りに漂った。
文月ことりは、赤くなった目で私を見下ろしながら、震えた唇をゆっくり開いた。
「分かってますよ……、先生がまだ本当に私のことを好きじゃないってことも、この恋はどれだけハイリスクかってことも」
「……そこは理解してるのね」