「先生、それは愛だと思います。」完
受話器越しに聞こえる見知らぬ人の声に、まるでロボットの様に返事をしながら、通話を切った。
私のただならぬ様子を見て察知したのか、仙田先生と祥太郎君の二人は、真剣な表情で私を見つめていた。
「文月、お母さんになにかあったのか?」
祥太郎君の質問に、私は空っぽな気持ちのまま答えた。
「うん、事故にあったって……阿佐川二丁目の交差点で……」
「病院はどこだい? すぐに送って行くから、準備しなさい」
仙田先生は素早く鞄から車のキーを取り出して、私の肩にコートをかけた。
私はまだ茫然自失したまま、はい、と返事をして鞄に参考書を入れたが、今朝母が私のために作ってくれたお弁当を見た瞬間、急激に不安が押し寄せ涙が出てきた。
「お、お母さん、どうしよう、もしなにかあったら私っ……」
「ことりっ、大丈夫だから、はやく病院行こうっ」
祥太郎君が私の肩を力強く掴み、私を玄関へと無理矢理押し出した。
「嫌だ、怖い、嫌だっ、私にはもうお母さんしかいないのにっ……」
「ことりっ、絶対大丈夫だから!」
「お母さんっ……嫌だっ……」
足ががくがく震えて動かない。
幼い頃に亡くした父の記憶はほとんどない。
親戚の人が私をかわいそうに思って、やたら甘やかしてくれたことはなんとなく覚えている。
お母さんは、私が寂しい思いをしないように、いつでも明るく元気で、鬱陶しい程私の心配をしてくれる。
私にとって、かけがえのない家族であり、受験を頑張ろうと思える源であった。
そんなお母さんが、交通事故?
私、お母さんがいなくなったらどうなっちゃうの?
「文月さん、とにかく急ごう。お母さんが待っているよ」
「はい……」
仙田先生の言葉に促され、私は病院へと向かった。
「俺もついて行くよ、文月」
祥太郎君はそう言ってくれたが、祥太郎君は明日AO入試を控えている。
私は大丈夫、と押し切り、仙田先生の車に乗りこんだ。
気付いたら、指が勝手に高橋先生の電話番号を押していた。