「先生、それは愛だと思います。」完

仙田先生に背中をさすられながら、白く長い廊下を歩いて手術室を目指した。
手術室はまだ赤いランプが点灯していて、この分厚く重たいドアの向こうで母が苦しんでいるのかと思うと、胸がちぎれそうになった。
ドキンドキンと鼓動は大きくなり続け、私を急速に不安な気持ちにさせていく。
先生に背中を擦ってもらっているはずなのに、全く触られている感覚がしない。

「文月さん、一緒にお母さんのこと応援しよう。大丈夫、大丈夫だから」
「お母さんっ……、お母さんっ……」

受験のことでいっぱいいっぱいで、ここ最近ろくに顔も合わせていなかった。
中々過去問の点数が上がらず苛立ち、八つ当たりをすることも増えていた。
この数週間の自分の行動が憎くて仕方ない。絶対に嫌だけど、もしこれが最後だったら、私は後悔してもしきれない。
いつも明るく優しい母の笑顔がとめどなく涙を溢れさせていく。

『ことりって名前はね、父さんがつけたのよ』

……いつかのお母さんの言葉が、優しく胸の中に広がった。
いつだったか、自分の名前を男の子にからかわれて泣いて帰ってきたことがあった。
人間なのにことりって名前なんか変だって、そう面と向かって言われて、すごく傷ついたし、自分の名前を初めて恥ずかしく思ったのを覚えている。
そんな時、お母さんは初めてちゃんとお父さんの話をしてくれたんだ。
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