「先生、それは愛だと思います。」完
しっかり会話ができるほどの意識はあることにほっとして、俺はゆっくりとドアを開けたが、文ちゃんは全く気付いていない。
そっと二人の声がする方に目を向けると、文ちゃんの小さな背中と、包帯で頭を覆った、困ったように笑う女性がいた。
初めて見る文ちゃんの母親は、文ちゃんにそっくりで、小柄で優しい雰囲気の人だった。
文ちゃんは後ろから見てもわかるくらい肩を震わせて泣いていて、そんな彼女を見ながら母親はごめんね、と困ったように何度も謝っている。
その光景を見て、俺はなぜか胸が軋むのを感じた。
「お母さんのこと、今度からは私が守るからっ……、絶対守るからっ……」
「なに言ってんの。あんたが結婚するまではまだ世話焼かせてよ。まだ子離れしたくないわー」
「離れないよ、なにがあっても守れるようにそばにいるっ……」
「……そんなこと言わせちゃうくらい不安にさせちゃったのね。ごめんね、ことり」
自分の家庭ではありえない様な、愛に満ち溢れた空気が漂っていて、文ちゃんの母親への愛情、母親の文ちゃんへの愛情をひしひしと感じ取った。
俺の家は父も母もいるけれど、こんなにお互いを思い合う時間など、両親のどちらとも過ごしたことがない。
『あんたが結婚するまでは、まだ世話焼かせてよ』。
……生まれて初めて、娘の幸せを願う母の気持ちに、直球で胸を貫かれてしまった。
……正直俺はまだ、相手が誰だろうと結婚に対していいイメージは持てる気がしない。
だって、文ちゃんの家のように、『温かい家庭』ってやつを知らないし、いつか子供ができたとして、ちゃんと幸せにできるか、育てられるのか、支えてあげられるのか、自信がない。
『普通の家庭の幸せ』を体験してこなかった俺が、家族のことを幸せにしてあげられるのか、自信なんてない。