「先生、それは愛だと思います。」完

『普通の家庭の幸せ』を体験してこなかった俺が、家族のことを幸せにしてあげられるのか、自信なんてない。

文ちゃんのことは好きだ。
ずっと一緒にいたいって思う。
だけど、『ずっと』と表現できるほど長い時間を一緒に過ごしたいのなら、未来を約束できる人間にならなければならない。

『……愛しいと、思う、君を。……心の底から』。

文ちゃんのことを好きになって、人を愛する気持ちを知って、優しい気持ちもたくさん知って、これから歩み寄っていける気がしていた。
だけどその期待は、文ちゃんのことを愛おしそうに宥める文ちゃんの母親の優しい瞳を見た瞬間、打ち砕かれた。

俺は、こんなにも大切に、宝物のように育てられたひとりの女性を、……文ちゃんを、なんの約束もなしに手に入れようとしていたのか。
それはなんて、無責任なことだったのだろう。

今までは、未来を約束せずに付き合っては別れてきた。
罪悪感なんてなかった。だって相手も俺に未来を託そうとはしていなかったから。

だけど、俺はいま、「未来を託すまで」頑張ろうとしている、母親の瞳を見てしまった。
文ちゃんがそこ(結婚)まで考えていなかったとしても、この先考えることがなかったとしても、問題はそういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。

わが子のことを、永遠にしっかり守ってくれる人が、わが子のそばにいてくれることを、世の親、誰しもが望んでいる。
文ちゃんを守りたいと思う人が、この先文ちゃんの前にいったい何人現れるだろうか。
俺の存在がもし、その芽をつぶしてしまったら、俺は文ちゃんの母親に一生顔向けできない。


『文ちゃんに好きな人が出来たら別れる』。


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