「先生、それは愛だと思います。」完
……あれは逃げ道で用意した言葉のつもりだった。
けれど、それじゃダメなんだ。俺の存在自体が、文ちゃんや文ちゃんの母親の幸せを左右することになりかねない。
とてもじゃないけど、俺はあんな、無償の愛ってやつを生み出して、家族をつくれる自信がない。
でも、文ちゃんは、あの温かい愛の中にいることが、よく似合う。
今、文ちゃんの周りを包む優しさを目のあたりにして、はっきりと自覚してしまった。
文ちゃんは、『あっち側』がよく似合う。
俺のような人間のそばにいるより、本当の家族愛に包まれた優しい世界がよく似合う。
そして俺も、文ちゃんには、どうか『そっちの世界』にいてほしい、幸せでいてほしいと、心から思う。
本当に、心から、そう思ってしまった。
「……文月さん」
「あ、先生!?」
頃合いを見てゆっくり文ちゃんを呼ぶと、文ちゃんと文ちゃんのお母さんは、全く同じ表情をして驚いた。
その光景を見た瞬間、心の底からほっとしてしまい、噛み締めるように言葉が口から出てしまった。
「よかった……本当に……よかった」
「先生……」
「よかった……」
顔を覆って何度もよかったと呟く俺を見て、文ちゃんは動揺していたが、文ちゃんのお母さんはもっと動揺していた。
「お、お母さん、この人、高橋先生! 二年生の時の担任の……」
「ああっ、ことりがいつもかっこいいって騒いでた人? 異動なされてしまったんでしたっけ……」
「ちょっと、しーっ!」
文ちゃんは慌てて言葉を遮ったが、文ちゃんが俺のことを母親にまで話していたことを知ってしまった。