「先生、それは愛だと思います。」完


俺は、お母さんの方をしっかりと見つめて、静かに、深く頭を下げた。
「高橋誠と申します。文月さんには補講や授業などを通して関わっておりましたが、今は青葉学園で教えています」
「あら、そうだったんですね。でもどうしてわざわざうちの子の為にお見舞いまで……」
「文月さんとは、学外交流のボランティアでも、交流を続けておりましたので」
咄嗟についた嘘に、文ちゃんは明らかに困惑していたが、なんとかそれに話を合わせていた。
お母さんはなにも疑うことなくそれを信じ、改めて深々と頭を下げたので、俺もまた同じように頭を下げた。

「文月さん、かなり不安になっていたので、とても心配したのですが、こうして会話もできる状態で本当に安心致しました」
「この子昔から心配症なんですよ、ご心配おかけしてしまいすみません」
「とんでもないです。暫くは安静にして、お体お大事にしてください。はやく退院できるといいですね」
俺と自分の母親が会話している様子がよほど不思議なのか、照れくさいのか、文ちゃんはなんとも言えない表情で俺たちの顔を交互に見ていた。
「文月さん、ひとりで頑張ったね」
「ううん、途中まで塾の先生が付き添ってくれたから……」
文ちゃんの方を今度はしっかりと見つめて話しかけると、文ちゃんは力なく首を横に振った。
文ちゃんの瞳は赤く血が走っていて、瞼は蜂に刺されたように腫れている。
今すぐに頬を撫でて抱きしめて髪をなでてあげたい。そう思ったけれど、俺は、うん、とだけ頷いた。

「先生のような人と結婚してくれたら、私も安心できるんですけどねえ」
「ちょっと待って本当お母さんイケメンに弱いな!」
「だって先生みたいに整った顔の人の遺伝子を受け継いだ孫が見たいじゃないー」
「本当にやめて先生困ってるからっ」

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