「先生、それは愛だと思います。」完

結婚、という言葉を文ちゃんのお母さんから直接聞くと、さっきと同じようにまた胸が軋んだ。
自分の家庭では、一切経験しなかった、他愛無い会話や冗談の言い合いを見て、俺は心からその光景を微笑ましく思った。
そしてずっと、こうして笑い続けていてほしいと願った。

「文月さんは、本当に優しい子だから、必ず幸せになると思います。俺もそうなるよう願っています」
「え、高橋先生……?」
「……では、俺はこの辺で失礼いたします。ご自愛ください」

文ちゃんのお母さんは、文ちゃんそっくりの優しい笑顔で微笑んで、深々と頭を下げた。
俺も深く頭を下げて病室を出たが、すぐに文ちゃんが追いかけてきた。

「先生、今日はわざわざありがとうございましたっ……、私、すごくパニックになっちゃって……」
「本当に無事でよかった。暫く一人暮らしで大変だと思うけど、なにかあったらすぐに言って。勉強も、わからないところがあったらいつでも連絡して」
俺は、文ちゃんの頭をそっと撫でて、微笑んだ。しかし、文ちゃんは小首をかしげて俺の瞳を覗き込んだ。
「先生……、なんか、少し変……?」
「どうして?」
「なんか、泣きそうな顔してる……」
「……ほっとしたんだよ。文ちゃんのお母さんが無事で」

……文ちゃんと付き合うきっかけになった日のことが蘇る。
『ありがとう、じゃあ付き合う?』
『自分が何を言っているか分かってます!? 今完全に振るのが正解の流れだったんですよ!?』

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