「先生、それは愛だと思います。」完
愛しき日々
「で、どうするんですか、どっちから先に入るんですか」
「須藤さんには散々付き合ってないって言ってたからな……、顔が合わせ辛い」
「私も散々疑われてましたよ……」
入社して四年が経った春、私と先生は編集室の前でドアを開けることを渋っていた。
先日、正式に結婚することを会社の方に報告して、休日を挟んでの初の出勤なのだ。
バラバラに出社するのもわざとらしいし、かといって一緒に入るのも……という葛藤を経て、なんとか出社した。
しかしいざ編集室に入って直接口で報告するとなると、お互いに緊張してしまって中々覚悟をできずにいた。
「いや、もう行こう」
「は、はい」
覚悟を決めた先生が、セキュリティーを解除して、がちゃりと編集室のドアを開けた。
「おはようございます」
私たちが入った瞬間一斉に視線が集まる……なんてことはなく、皆パソコンを見ながらまちまちに挨拶を返してきた。
いつもと変わらない光景に、なんだか過剰に意識してしまったことが逆に恥ずかしくなった。
私と先生はひとまず編集長に一番に挨拶をしに行こうと、編集長の元へ行った。
珍しく先生が緊張して吐きそうになっている姿を見て、他人事ではないのに少し笑いそうになってしまった。
「編集長、おはようございます。突然の報告になってしまいすみませんでした」
「おはよう、高橋先生」
編集長は目尻の笑い皺を濃くして、にっこりと微笑み『高橋先生』と呼んだ。
いつも上品でスマートな印象の編集長だが、こうしていたずらな笑みを浮かべることはしょっちゅうある。
どうやら、結婚の報告をした際に、私との馴れ初めを根掘り葉掘り聞かされたらしく、ついに高校の生徒だったことを暴露したらしい。
先生はそのことを最後まで隠し通そうとしていたが、編集長のインタビュー力には全く歯が立たなかったとか。
高橋先生は、先生と呼ばれた瞬間げんなりとした表情をして、編集長、頼みますよ……と力ない声を出した。