「先生、それは愛だと思います。」完


「……この辺りで変質者が出たんだ。さっきニュースでやってて、それで勘違いしたんだよ」
「そうなんですか!? もしかして、それでわざわざ迎えに来てくれたんですか?」
「ふざけんな」
「違いますよねすみません」
「そんなこと聞くまでもない。心配するのは当たり前だろ、ほら立って」


俺の言葉にポカンとしている文ちゃんの腕を掴んで、無理矢理立たせた。
道端に放り出されていた文ちゃんのスマホを拾い、彼女を引っ張って歩く。

「……高橋先生、今私への愛情、どのくらいですか」
「二百ミリリットルの水にカルピス原液二滴くらい」
「うっっっすい」
「……何も無くて、良かった」

噛みしめるように呟くと、文ちゃんは少し黙ってから俺の指を握った。
なんだかその温度が心地よくて、少し震えた冷たい手が愛おしくて、指を握られたまま歩いた。
夏のぬるい夜風が、俺たちの間をすり抜けていった。

「……膝、痛くない?」
「先生に心配してもらえてことが嬉しくて、痛みが吹っ飛びました」
「バカだな」

バカって言ったのに、文ちゃんはなぜか笑った。
心配してくれてありがとうございます、と彼女が目を伏せながら呟いて、なんだかその表情がとても幸せそうで、どこか大人びていて、俺は少しだけ胸がきしむのを感じた。


その日、走ったせいで靴の紐が緩んでいたことに気付いたのは、帰宅してからのことだった。
< 55 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop