「先生、それは愛だと思います。」完
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私の父は、私が三歳の頃に病死した。
父の記憶は、正直とても薄いし、声に至っては全く覚えていない。
普通の家庭には「お父さん」がいるのだと知ったのも、5歳くらいの時だった。
そでまでは、母と二人でいることが当たり前で、幸せで、それで十分だった。
けれど、私が物心ついて、父という存在を理解しだしてから、母は私によく謝るようになった。
『寂しい想いさせてごめんね』
『ことりに寂しい想いをさせないように、パパの分も、ママ頑張るから』
『パパの分もママは働かなくちゃならないの、ごめんね、ことり』
『一人にさせてごめんね』
ママ、私は、寂しくなんかないよ。
ママと二人の生活は楽しいし、幸せだよ。ことりは寂しいなんて思ったことないよ。
だからそんなに謝らないで。
だからそんなに頑張らないで。
言いたかったけど、毎日疲れた笑顔を見せる母に、その言葉を言ったら何かが崩れてしまう気がして、言えなかった。
『パパの分も頑張る』という言葉を言い聞かせていた母に、頑張らないでいいよなんて、言えるわけがなかった。
だから私は、一瞬も『寂しい表情』を見せない努力をした。それが唯一私にできる、母を安心させてあげられる行動だと思ったから。