「先生、それは愛だと思います。」完
『なんであんなにベタベタしてんの? 気持ち悪ぃー、マザコンかよ』
『なんでお前いつもへらへら笑ってんの? ムカつくんだよ』
……いじめが始まったきっかけの言葉を思い出し、私は思わず肩を両手で掴んだ。
もう六年も前のことだと言うのに、まだこんなにも自分の心を傷めつける効力を持っているなんて、言葉の力は凄い。
私は頭を振って、ペンケースからシャーペンを取りだし、数式をノートに書き込んだ。しかし、手が震えていたせいですぐに芯が折れてしまった。
「なんで……止まらな」
何度書いてもボキボキと折れる芯……、止まらない手の震え。
『今まで甘やかされて生きてきたんだろ?』
更に、さっきあの男子高校生に吐き捨てられた言葉を思い出して、私の心は嵐が来たように掻き乱された。
甘えてない。私は、寂しいなんて言ったことはないし、いじめられても母には言わなかったし、泣かなかった。私は甘えてなんかいない。
今だって、辛いことは家に持ち帰らないって決めてるし、友人にも頼りすぎないようにしてる。
私は、甘えてなんかいない。一人でも寂しくない。大丈夫……大丈夫。
「……文月?」
呪文のように繰り返していると、前の扉がガラッと開き、聞き慣れた声が降ってきた。
恐る恐る顔を上げると、そこには淡いブルーのシャツを肘までたくし上げた、高橋先生がいた。
「な、なんでいるんですか……」
「あーやっぱり文ちゃんか。何、受験勉強?」
幻覚かな。そう思いながらも震えた声で問いかけると、先生は眠たそうな顔のまま、教卓を漁りだした。