「先生、それは愛だと思います。」完
私は慌ててキッチンに戻りガスの火を止めた。
それよりこのパスタの量……茹で過ぎてしまったな。
ざるにあげた麺を見て茫然と立ち尽くしていると、背後から〝お前それ全部食うの?〟という少し引いた声が降ってきた。
「む、無理かも……」
そう言うと、彼はじっと私の目を呆れた顔で見つめてから、ダイニングテーブルの席に着いた。
「食うの手伝ってやるよ」
そう言ってスマホをいじりだした彼は、やっぱりどこか憎たらしいのだけど、意外とまともに会話ができるものなんだなと思った。こんなこと本人に言ったら殴られるだろうけど。
ほどなくして二人前のパスタが出来上がり、テーブルの上に並べた。
彼は何も言わずにそれを頬張り、スマホをいじっている。暫くパスタを食す音だけが響いたが、彼が静かに口火を切った。
「好きな漫画三冊あげてみろよ」
「三冊!? し、絞れない……絞れないけど〝泡沫の国〟は絶対入る」
「おいまじかよ、意外と分かってんな」
「私の人生におけるバイブルだわ」
そう言うと、彼はほう、と声を上げて、何か考えるようにまた一瞬黙った。
「……その漫画が好きな人に会ったの、初めてだわ」
彼はそう呟いて、器用にパスタをくるくるとフォークに巻きつける。
私もこんなにマイナーな漫画を知っている人に出会ったのは初めてで驚いたし、少し嬉しい気持ちになった。
だからと言って、この男と仲良くしようという気持ちになったわけでは無いけれど。
それは向こうも同じなようで、でも漫画については語りたいという様な表情をしている。