「先生、それは愛だと思います。」完
マンションのロビーで灰色の空を眺めながら下らない言い争いをしていると、雨はどんどん激しさを増してきた。
近くのコンビニまでダッシュして傘を買うしか手はない。朝まで止まないのならいつあのどしゃぶりに出ても濡れるということに変わりはない。
そう思った私と祥太郎君は、同時に深呼吸してからロビーを出た。
滝の近くにいるような激しい雨音と、首元から下着の中まで入ってくるほど激しい雨に打たれた瞬間、本気で泣きそうになった。
マンションから二百メートルしか離れていないコンビニがこんなに遠く感じたことは無い。
祥太郎君は私を完全に無視して、アウターを頭から被ってどんどん先を歩いていく。
頭に何も被るものが無い私は、雨がどんどん目に入ってきてかなり視界が悪くなっていた。
車通りの多い細い道に入った途端、不運なことに目に雨で流れたゴミが入り、あまりの痛みに私はその場に立ち尽くした。
その瞬間、車の白い光が後ろから差した。
「ことりっ」
クラクションと、私を呼ぶ怒鳴り声に近い声が重なり、私は思い切り壁に押さえつけられた。
祥太郎君の肘が私の顔のすぐ横にあり、その肘は雨で濡れた塀にぴったりとくっつている。彼の少し荒い吐息が、耳のそばで聞こえる。
思わず彼の肩に顔を埋めてしまっていたことに気づき、私は直ぐに彼から離れた。
「ご、ごめん……ありがとう」
「お前ふざけんなよ本当」
「ふ、ふざけてはいないんだけど……」
彼のアウターが道端に落ちている。走ってここまで戻ってくれたのだろうか。
雨に濡れた彼の顔を見上げながら、私はひたすら呆然と立ち尽くしてしまった。
呆然としながら、なぜか私は大きめのハンドタオルをバッグから出して、彼のリュックにかけていた。
背中に手を回してかけたので、一瞬抱き着くような形になってしまった。本当に一瞬だけれど。