「先生、それは愛だと思います。」完
「心美ちゃんの、縋る様な目が忘れられなくて……」
「心美?」
「え、知り合いなの?」
「いや、違う……少し聞き覚えのある名前だっただけだ」
祥太郎君は首を静かに横に振って、水を飲んだ。それから、ペットボトルのキャップをキツく閉めながら、ぼんやり呟く。
「その妹にとって、お前にとっての母親が全てであるように、兄が全てだったんだろうな」
「そうだね……」
「気になるんならもう一度妹に会ってみたら?」
その言葉に、私はぴくっと肩を揺らした。やっぱり、もう一度話してみるべきだろうか。
でも、その話をすることによって、また心美ちゃんを泣かせたりしてしまわないだろうか。
あの泣き顔を思い出すと、心が曇り始めて、先生を想うことにどんどん罪悪感を抱いてしまう。
「ことり、皺」
祥太郎君の言葉にハッとして顔を上げると、すぐ目の前に祥太郎君の顔があった。
「うわ、ごめん」
すぐに視線を逸らしたが、彼は私の首に手を回して、ぐっと距離を縮めてきた。
なんで彼は、こういうことをするんだろうか、私をからかっているのだろうか。
抵抗しようとしたが、彼は私の耳元に唇を近づけ、低い声で囁く。
「今チャンスだと思ったのに」
その言葉に、私は思い切り彼の胸を腕で押して、なんとか離れた。
「そ、そうやって女子ひっかけて遊んで楽しいの?」
思いきり動揺しながら睨みつけると、彼は一度斜め上を見上げて、何か考えるそぶりを見せてから、再び水を飲んだ。
それから、少し嘲笑う様に、こう呟いたのだ。
「別に、お前の好きな人も、俺とやってることあんまり変わんないんじゃないの?」
その言葉に、私は何も言い返すことができなかった。