「先生、それは愛だと思います。」完

「誠君は、私の何倍も両親の喧嘩や、父の浮気を見て、恋愛に対して凄く達観している所があるから……きっと一生、人のことを本気で愛したりしないんだと思います。だから、未来のある約束は、一切しないんだと思います」
心美ちゃんの言葉を聞いて、〝ああ、そうだったのか〟と、妙に私は納得してしまっていた。

そういえば、思い返すと先生はいつも私に触る時に一瞬戸惑うような顔をしていた。
〝未来を約束できない〟のに、〝本気で愛せない〟のに、私に触れていいのか。いつもそれに、先生は戸惑っていたのかな。

「どうせ誠君とずっと一緒にいることはできないんだから、だったら私にくださいよっ……」
心美ちゃんは、歯を食いしばって声を震わせている。
そんな彼女の姿を見て、私は本当に胸が苦しくなってしまった。

ああ、彼女にはまだ、高橋先生が必要なんだ。

この前の涙は、嘘泣きなんかじゃない。
まだ大人になりきれていない、もしかしたら、いじめに遭っていたあの時から時が進んでいないかもしれない彼女にとって、高橋先生は唯一の安心できる存在なんだろう。

「私にはまだ、兄が必要だし、もうこれ以上兄の恋人が泣くところを見たくないから……っ」
「心美ちゃん……」

その言葉が、彼女の一番の本音に思えた。きっと今まで、高橋先生に振られる女性を、何人も見てきたのだろう。
高橋先生にはきっと、私はまだ知らない心の大きな穴があるのかもしれない。

「誠君を私に返して……お願い」

私は、高橋先生のことを知らなさすぎた。
一体何をどう思って、彼のことを好きだと言っていたんだろう。
高橋先生と自分の間に、とてつもない距離を感じて、私はただ震えている心美ちゃんの手を握ることしかできなかった。

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