東の彦
序章
穏やかに そよぐ川の水、風にゆらぐ草
川から上がった すこし小高い丘にひろがる すこし伸びすぎた草をゆらす風は、まだすこし冷たい。
そこに誰がうえたか、雑木林に混じって桃の木がいっぽん。
まだ冷たさの残る風は、めいいっぱい満開になった桃の花を散らしてゆく。
それをみつめる姫が一人。着慣れた小袿は色あせ 手にした桧扇は黒ずんでいた。
品あふれる姫ではあるが下級貴族より みすぼらしい装いであった。
供を一人もつけず、それは無防備に風にゆらぐ花と姫。
姫は散ってゆく花びらの おくに響く声を聴いていた。
それは、まだ少し高さの残る少年の声。
だが、それは、ただ、ただ、苦しく切ない。
――――姫、姫よ。わたしが人の子であったのなら、姫はわたしを愛してくれただろうか――――
川をそよぐ水の音、風にゆれる草の音、色あせた着物の衣擦れの音に紛れ、幽かだが、
たしかに姫の脳裏に響く桃のオト――――。
その切なさに姫は静かに目をふせた。
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