東の彦
八月二十六日、月曜日、朝八時、整った黒髪を靡かせて、私立五花泉学園高等部の校門を、くぐった少女は、副担任教員に導かれて校内を案内されていた。
校内は、概観ほど変わったつくりではなかったが、他の高校より教室、廊下いたるところのガラス窓が大きいように感じる。室内にいても周囲のみどりが、よく目につく。勿論、やたらと植えられている 梅、桃、藤、木蓮、桜の木も。
しかし、冬場は このあたりでも、ゆうに一メートルは越える積雪を記録するためか、二重硝子戸でに床暖房と暖房設備にも、やはり力をいれているようだった。
一年泉組と書かれた表札の前まで来ると髪の短いすこし男勝りな女性担任教員が待っていた。
「今度からお前の担任になる泉(いずみ)だ 宜しくな」
すこし低めのハスキーボイスに、この口調でますます男性教員と見間違えられそうな風貌だが、短いながらも、ふわっと伸ばした遅れ髪が女性らしさを感じさせていた。
少女は自分より少し高い目線を見つめると頭を下げた。担任は教室へ入ると教壇へと立ち声を張り上げる。
「オーイ!みんなぁ、始業式の前に新しい仲間ッ紹介すっぞーー、宮城、挨拶!」
教員は片手で少女を手招いた。教室には三十人程の生徒たちが夏休みの長期休暇明けで気だるそうにしている。
宮城と呼ばれた少女は静かに教壇中央へと立つと深々と頭を下げ、涼やかな声で自己紹介をした。
「はじめまして、宮城媛姫(みやしろえひめ)と申します。今日から宜しくお願い致します」
宮城が頭を上げるよりも先に彼女の姿に反応する生徒がいた。
季節はずれの転校生を休み明けのぼやけた目で眺めている生徒たちの中、目を輝かせた生徒が四人。
息を飲み込んだ大きな八重歯の少年がひとり。
ずっと机にうつぶせていた栗色の頭を持ち上げた少年がひとり。
組んだ指を振るわせたシャイな少年がひとり。
瞬きをくりかえす金髪長身の少年がひとり。
「んじゃー、宮城、一番後ろの空いた席な」
「はい」
宮城は担任の指す席へと歩み寄る。
少女が少年達の、そばを通りすぎる度、朝日を浴びながら艶やかな、ながい髪が揺れる。
大きな八重歯の少年が机の下で小さくガッツポーズを繰り返した。
寝ていた少年が顔を覆う程ながい淡い栗色の髪を掻き揚げた。
シャイな少年が顔をあからめて目をつよく瞑った。
金髪金目の少年は真っ赤になった顔を俯かせようとした時だった。
「今日からお隣、宜しくお願い致します」
宮城は日本人離れした髪色の少年に向かって微笑んだ。
カタンと音を立てて宮城は椅子をひく。その音にその笑顔に少年は胸がいたいほどに高鳴って、更に顔をあからめた。
始業式が終わり、クラスで簡単なミーティングなどを済ますと、三時には授業が終わり、通常より早い帰りとなった。
宮城が帰り仕度をしていると、大きな八重歯を噛み締め、日に焼けた肌を高揚させ、立てた張りのある髪を大きく揺らしながら宮城のもとへと男子生徒がやってきた。
「オッオレ、金田ッ金田太郎(かねだたろう)きょッ今日、放課後ッウラモリまできてくれッ いっいいよな!」
それだけ言い放つと金田と名乗った少年は勢いよく飛び出していった。宮城は目をまるくして、声を詰まらせた。
「------- え? あのっ」
もう既に、その場にはいない少年のかげに宮城の手は空を舞った。
その様子をやはり目をまるくして見ていたクラスの女生徒数名が金田の消えた行方を見つめながら囁きあった。
「エーー? ナニーー?」
「あんなキンちゃん、はじめてみたねーー」
「びっくりーー」
その中でも一番スカートを短くした女子が別な方向に目配せる。
「ナニ、アイツー、万年寝太郎がめずらしく起きてるんですけどぉ」
「キモーイ」
そう言いながら、その女生徒達は寝起きといわんばかりの栗色の少年を見て笑いあった。
しかし いじめられっ子とはどのようなものかと問われれば、しわくちゃな制服のシャツをだらしなく片方だけ出し、寝癖なのかすら分からないほどの、ぼさぼさな髪で全く顔がわからない彼のようなものを言うような気がする。
女生徒達に笑われた彼は丸聞こえの彼女達の会話など、どこ吹く風のように、自分の顎まで伸びた前髪を指でくるくると持て余しながら、転校生と金田の会話を聞いていた。
その全ての現状を見ていたシャイな男子生徒は全身で慌てふためいている。
ぽかんとしていた宮城は、慌てて金田の跡を追ったが既に姿はなく、すぐさま鞄にしまってあった生徒手帳の校内地図をひらいた。
「うらもり? というか、今日の放課後ってイマのことですよね?」
校内は、概観ほど変わったつくりではなかったが、他の高校より教室、廊下いたるところのガラス窓が大きいように感じる。室内にいても周囲のみどりが、よく目につく。勿論、やたらと植えられている 梅、桃、藤、木蓮、桜の木も。
しかし、冬場は このあたりでも、ゆうに一メートルは越える積雪を記録するためか、二重硝子戸でに床暖房と暖房設備にも、やはり力をいれているようだった。
一年泉組と書かれた表札の前まで来ると髪の短いすこし男勝りな女性担任教員が待っていた。
「今度からお前の担任になる泉(いずみ)だ 宜しくな」
すこし低めのハスキーボイスに、この口調でますます男性教員と見間違えられそうな風貌だが、短いながらも、ふわっと伸ばした遅れ髪が女性らしさを感じさせていた。
少女は自分より少し高い目線を見つめると頭を下げた。担任は教室へ入ると教壇へと立ち声を張り上げる。
「オーイ!みんなぁ、始業式の前に新しい仲間ッ紹介すっぞーー、宮城、挨拶!」
教員は片手で少女を手招いた。教室には三十人程の生徒たちが夏休みの長期休暇明けで気だるそうにしている。
宮城と呼ばれた少女は静かに教壇中央へと立つと深々と頭を下げ、涼やかな声で自己紹介をした。
「はじめまして、宮城媛姫(みやしろえひめ)と申します。今日から宜しくお願い致します」
宮城が頭を上げるよりも先に彼女の姿に反応する生徒がいた。
季節はずれの転校生を休み明けのぼやけた目で眺めている生徒たちの中、目を輝かせた生徒が四人。
息を飲み込んだ大きな八重歯の少年がひとり。
ずっと机にうつぶせていた栗色の頭を持ち上げた少年がひとり。
組んだ指を振るわせたシャイな少年がひとり。
瞬きをくりかえす金髪長身の少年がひとり。
「んじゃー、宮城、一番後ろの空いた席な」
「はい」
宮城は担任の指す席へと歩み寄る。
少女が少年達の、そばを通りすぎる度、朝日を浴びながら艶やかな、ながい髪が揺れる。
大きな八重歯の少年が机の下で小さくガッツポーズを繰り返した。
寝ていた少年が顔を覆う程ながい淡い栗色の髪を掻き揚げた。
シャイな少年が顔をあからめて目をつよく瞑った。
金髪金目の少年は真っ赤になった顔を俯かせようとした時だった。
「今日からお隣、宜しくお願い致します」
宮城は日本人離れした髪色の少年に向かって微笑んだ。
カタンと音を立てて宮城は椅子をひく。その音にその笑顔に少年は胸がいたいほどに高鳴って、更に顔をあからめた。
始業式が終わり、クラスで簡単なミーティングなどを済ますと、三時には授業が終わり、通常より早い帰りとなった。
宮城が帰り仕度をしていると、大きな八重歯を噛み締め、日に焼けた肌を高揚させ、立てた張りのある髪を大きく揺らしながら宮城のもとへと男子生徒がやってきた。
「オッオレ、金田ッ金田太郎(かねだたろう)きょッ今日、放課後ッウラモリまできてくれッ いっいいよな!」
それだけ言い放つと金田と名乗った少年は勢いよく飛び出していった。宮城は目をまるくして、声を詰まらせた。
「------- え? あのっ」
もう既に、その場にはいない少年のかげに宮城の手は空を舞った。
その様子をやはり目をまるくして見ていたクラスの女生徒数名が金田の消えた行方を見つめながら囁きあった。
「エーー? ナニーー?」
「あんなキンちゃん、はじめてみたねーー」
「びっくりーー」
その中でも一番スカートを短くした女子が別な方向に目配せる。
「ナニ、アイツー、万年寝太郎がめずらしく起きてるんですけどぉ」
「キモーイ」
そう言いながら、その女生徒達は寝起きといわんばかりの栗色の少年を見て笑いあった。
しかし いじめられっ子とはどのようなものかと問われれば、しわくちゃな制服のシャツをだらしなく片方だけ出し、寝癖なのかすら分からないほどの、ぼさぼさな髪で全く顔がわからない彼のようなものを言うような気がする。
女生徒達に笑われた彼は丸聞こえの彼女達の会話など、どこ吹く風のように、自分の顎まで伸びた前髪を指でくるくると持て余しながら、転校生と金田の会話を聞いていた。
その全ての現状を見ていたシャイな男子生徒は全身で慌てふためいている。
ぽかんとしていた宮城は、慌てて金田の跡を追ったが既に姿はなく、すぐさま鞄にしまってあった生徒手帳の校内地図をひらいた。
「うらもり? というか、今日の放課後ってイマのことですよね?」