東の彦
――――数分後。
宮城はクラスメイトから聞き出したウラモリという場所で一人、金田という少年を探していた。
生徒手帳に載ている校内地図を何度よみなおしても‘ウラモリ‘と言う場所はなく、クラスメイトに尋ねて漸くたどり着いたこの場所は、生徒の間のみウラモリと呼ばれる通称で、泉を囲った森林を指し、前文でもしこし述べたように学園の私有地で大学後者、小学校校舎の北側に面し、その奥に泉が湧いているが、基本的に画癖右派立ち入り禁止で誰も、その泉を見た者はない。広葉樹に針葉樹、様々な木々伸びやかに育つ、その様は本当に穏やかだ。
「ここでいいんですよね? 高校校舎からは随分とおい・・・・・・金田さんは、どこにいらしゃるんでしょう」
宮城は辺りを見回しながら足を進めた。そしておおきく息をすいこんだ。
「まるで森のようですね。凄いみどり、迷ったら抜け出せなくなりそう・・・・・・とても神秘的で本当に神が宿っていそうな不思議な学園・・・・・・」
森林を見渡しながら更に足を進めると、高校の学生服を着た男子生徒を見つけた。片手にシャベルを持ちながら花壇の前にしゃがみこんでいる。なにやら花壇の手入れをしているようだった。宮城は臆することなく彼に近づく。
「鬼頭(きとう)さん」
宮城の声に振り返った少年は、宮城の姿を見るや否や、悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「だっ大丈夫ですか鬼頭さん!申し訳ありません。驚かせてしまって・・・・・」
「ひっひっひひひひひひひひひひひひめ!?」
「え?」
男子生徒の 、いっせいに宮城は動きが止まった。それを見た男子生徒は慌てて言い直す。
「えっあっあっみみ宮城さん。ぼっぼくの名前・・・・・・」
宮城はいまだ尻餅をついている少年に手を差し伸べた。
「当たり前じゃないですか。同じクラスのお隣さんなんですから、鬼頭温羅(きとううら)さん」
にっこりと微笑む宮城に鬼頭は顔を背けて赤面した。
「あっあっあのっ大丈夫です。宮城さんの手が汚れちゃいます。」
鬼頭は大きく首を振って立ち上がる。そんな彼に宮城はころころと笑った。
「大丈夫ですよ、洗えば。鬼頭さんは、こんなところで何をされていたんですか?」
「あっあっと、そのっ夏の花が終わったので冬に向けての花壇の始末と仕込みを――、
ぼっぼく、学園整備美化委員に入っているのでっ」
「始業式、早々に委員会活動ですか? それに、ここは小学校校舎の花壇では――?」
「ここの学校すこし変わってて小中高大と委員会が繋がっているんです。その分、すこし活動も厳しいというか、ただ、今しているのは自分の勝手で・・・・・」
「え?」
言葉を詰まらせる鬼頭に宮城は首を傾げる。
「ばっぼく、花がすきなんです。小学生の子達に早く秋の綺麗なはなをみせたくて」
宮城は、その言葉を穏やかにきいていた。
「それに、ぼくが勝手をできるのは、ぼくはどこにいても人には――」
鬼頭が神妙に語りだしたそのときだった、突然の声に宮城は振り返った。
「ひぃめええええええええええええええええええええ」
「この声は・・・・・・」
金田が声を張り上げて、遠くから走ってくる姿が見えた。
「あぁ、もぉ探したよ! 一人でこんな奥まで入ると迷子になっちゃうぜ!」
「申し訳ありません。けど、一人ではなかったので・・・・・・」
そう言って振り返ると、シャベルだけを残し、そこに鬼頭の姿はなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「ヒメ?どうかしたか?」
「いっいいえ、何も・・・・・・あの、それで今日は何か?」
「あっあっあのなっ・・・・・・」
まっすぐ瞳をみつめてくる宮城に金田は声をつまらせて赤面した。
「ああああのなっえっと、そのなっオッオレッずっと前からヒメのことだっだ大嫌いだったんだーー」
バッシ−ン
転校初日にいきなり呼び出され放たれた言葉に驚くまもなく、雑木林に、きもちがいいくらいに、きまったハリセンの音が響いた。
「いってーーーーーーーーーーーーーー」
金田が頭ををさえながらしゃがみこんだ。そして、片目涙目になりながらハリセンの持ち主を睨みつける。
「ばっかじゃないの!? 単純だけがとりえの癖に、姫になんってこと言ってるワケ!?」
「あっあのっ・・・・・・」
戸惑う宮城にハリセンを持った淡い栗毛の美少年は、にっこりと笑った。
「あぁ、ごめんねぇ姫。こいつ舞い上がっちゃってるだけだから、気にしないで。本当は大好きな姫に会えて嬉しいって言ってるんだよ。」
「ナッナニを言ってんだヨ、モノグサッ!」
頭をおさえこんでいた金田は、懶(ものぐさ)と呼んだ少年の前に立ちふさがる。
「え? じゃあ、なに? 違うっての?」
金田は、また赤くなって口籠る。
「えっあっいっい、違くないけど・・・・・・」
「あっそ、じゃ、口出ししないでよね」
懶は金田を一瞥すると困惑する宮城に、優しく微笑み、宮城の手を取った。
「はじめまして、ボクは懶太郎(ものぐさたろう)、ヨロシクネ。タローって呼んで、姫」
そして、懶は宮城の手の甲に口づけた。それれを見た金田が、直様あいだに入って、つよく懶の手を払った。
「もぉのぉぐぅさぁ、やぁめぁろぉおおお」
呆れ顔でため息をつく懶を野良猫のように毛を立てて威嚇する金田。宮城はそんな二人をおかしそうに笑った。
「仲がおよろしいんですね」
「もうヤメテよ、姫。違うって、ただの腐れ縁」
宮城は先程から、心に引っかかっていたことを口にした。
「あの、ところで、あの、ヒメって・・・・・・」
「え? あっああ、そうそう、コイツに先越されてクヤシイんだけど、ヒメって呼んでい? 宮城媛姫さん」
全て腑に落ちたわけではないが、宮城はちいさく肯いた。
「・・・・・・はい」
そこに金田もすかさず乗り込んできて承諾をとる。
「あっオッオレもいい? いいよね?」
「はい」
金田の勢いにおもわず肯くと宮城は、ふと懶を見つめた。
「あの、懶さんて同じクラスの?」
懶はさわやかな笑みを浮かべる。
「そう、もう覚えててくれてたの?」
「あっいえっあのっすみません。失礼かと思うんですけれど、教室でお見かけしたときと、印象がちがって見えたので――」
「ああ、――」
宮城の言葉に懶は短くなった自分の前髪をかるく触った。自分の前髪を上目遣いでみつめる懶の背に金田がのっかる。
「そーだよ、オマエ。いつトコヤになんて行ったんだよ。」
体重をのせてくる金田を睨みつけ金田を振り払いながら、渋い声で答えた。
「別に、ただ、ちょっと、知り合いに器用な奴がいてさ。けど、明日にでもちゃんと美容室行こうかな? 姫の前だしね」
そういって、懶は姫にウィンクをひとつ。それに、くすりと笑う宮城。
「充分すてきです」
「そ?」
懶は、その少しまきぎみの柔らかい髪をかるく揺らした。
「懶さんは、どうしてこちらに?」
「ああ、うん。姫に校舎案内でもしようかと思ってさ。あっ村案内のほうがいいかな? こんなヘンピな村、すっごく不便ででょ?」
「あっあのっ・・・・・・」
「姫、この後の予定、大丈夫?」
「はい」
「よし!決定!」
言葉を詰まらせた宮城に状況を飲み込んだ懶は再び宮城の手を取った。
「あっオレも行く。ヒメ行こ!」
金田は宮城の余ったほうの手を取る。走り出した金田に宮城は強引に手を引かれ、もつれた声で問う。
「あっあの、お二人とも宜しいんですか?」
問われた二人は顔を見合わせ、そして――
「もちろん!」
夕暮れ時まであとわずか、秋空広がるちいさな村で息を弾ませながら、三人は学園の門を出た。
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