東の彦
学園奥にある生徒間でウラモリと呼ばれる雑木林から出て30分もたった頃だろうか、三人は田んぼの畦道を黙々と歩いていた。
青々しい稲とは違い八月終盤の稲穂はだいぶ重みを増し、ほんのり黄色く色ずきはじめている。
都心の人からすれば、本当になにもないように感じることだろう。ちらほらとビニーハウスが並ぶだけで田んぼと畑が永遠と続く。これでも宮城は東京都、JR山の手線上に大屋敷を構える一家の養子であった。しかしこの田舎風景に特に驚くこともなく、飽きた様子もなく、むしろ楽しんでいるかのように 畦道を踏み鳴らす。
奥に見える磐梯山と手前の稲穂を見ながら、とても心地よい風に吹かれていた。
はじめて一人できた場所だというのに、宮城の心は穏やかであった。なんと落ち着く風景なのだろう、自分は田舎暮らしのほうが合っているのかもしれない、そう宮城は思いながらまだ、前を歩くまだ、華奢な学ランの二人の背中を見つめてた。
三人は学園のある泉地区を出て、先日から借り出した宮城のアパートのある桃業(ももなり)地区に来ていた桃業は六地区の中で2番目に広い地区で人口も二番目に多い。
「どこまで行くんだよっモノグサッ!」
三人がかき鳴らす草音以外、なんの音もしない田園ではただ、吹く風音でさえ大きく聞こえる、その音に負けないくらい金田は無駄に声を出し、懶に問う。しかし懶は金田の問いなど聞こえていないかのように自分の額に手をあて、背を伸ばして遠くを見渡した。
「んー、もう家に帰っちゃったかなぁ、直接、家に行ったほうが早いか。姫、疲れていない? もう、ちょっと歩くよ?」
「はい」
なにやら独り言を言っていたかと思うと、姫に話題をふる。どうあっても宮城が気になるようだ。
すると遠くを眺めていた懶がなにかに反応する。
「あっ桃畑(ももはた)さぁん」
懶が声を張り上げた先を見ると、畑作業をしていた初老の農婦が反応した。
「おんや、タロちゃん達どがすらったの?」
(おや太郎ちゃん達、どうかしたんですか?)
「あのね、この子最近ここに越してきたんだ。桃畑のおばあちゃんに宜しくお願いしたくって」農婦は宮城を見る。宮城は慌てて頭を下げた。
「あんらまぁ、みかけねめんこいおなんこ連れて」
(あらまぁ見かけないかわいい女の子連れて)
宮城は慌てていても、どこか品を残し落ち着いているように見える。
「はじめまして。昨日、桃李(とうり)アパートに越してきました、宮城媛姫と申します。ご近所なのに挨拶も送れ、手ぶらで申し訳ありません。また改めてご挨拶に参ります。これから宜しくお願い致します」
「これはごてねに、そったにきつかわんなし。いまは ゆめしのえだまめさ、とってとこだから、みんなもってがんしょ」
(これはご丁寧に、そんなに気使わないで下さい。今、夕飯の枝豆を取っているところだから、皆なも持って行って下さい。)
そう言って農婦は手に持っていた枝つきの豆の根の土をはたいた。
「・・・・・・あっえっと」
酷いあいづ訛りに宮城は言葉を詰まらせた。それを見た金田が農婦の言葉を通訳する。
「あっああ、気を使わなくていいって、枝豆持ってけってさ」
「ああ、わりなし。おれは ひょうじゅんごさ しゃべれねくて」
(ごめんなさいね。私、標準語は喋れなくて)
すまなさうな顔をする農婦に、やはり言葉がわからない宮城は逆に気を使わせてしまったと察し恐縮した。
「・・・・・・えっと、いっいえ、そんな」
宮城は、なんとかニュアンスで言葉を返した。
「でさ、おばあちゃん、この子、一人暮らしなんだよね。だから、まめに野菜とかさ、格安で譲ってあげてほしいんだけど」
「え?」
宮城は懶の言葉に反応したが、懶は顔を逸らして言葉を続けた。
「いい? おばあちゃん」
「タロちゃんのしりあいなら、ぜになんて とんねよ」
(太郎ちゃんの知り合いならお金なんて取らないよ)
「とりあえず、面倒見てあげて」
「きにすらんなし。うちは、すぐそこだから、なんかあったら、えんりょすねで、いつでも こらんしょ」
(気にしないで下さい。うちはすぐこそだから、何かあったら遠慮しないで、いつでも来てくださいな)
「ありがと、おばあちゃん」
「いまも、ちょっと やさいさ とってきてやっから まってんしょ」
(今もちょっと野菜取ってきてあげますから、待ってて下さい)
そう言って農婦は 畑億へと向かった。
「えっ」
会話の流れがわからない宮城は、また言葉をつまらせた。
「何かあったら、いつでも家に来なって、あと野菜、持ってきてあげるって、ただでいいってさ」
今度は懶が通訳する。
「えっそんな」
「これぐれで どーかよ。さんにんでもってがんしょ」
(このくらいで、どう?三人で持って行って下さい)
いつの間にかダンボールに大量の野菜をいれ、やってきた。
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