麗しき星の花
 リディルは無言で濃い霧を広げた。

 近くにいる衛兵に、この光景を見せたらいけない。

 皇后にはあくまでも、皇帝の隣で美しく、淑やかに微笑んでいてもらわなければならない。例え彼女が民間出身で、世界一と謳われた拳闘士で、少々ヤンチャな過去があったとしても。何事もイメージは大事なのである。

 寝室からそのまま飛び出してきたのだろう義姉を、兄は止めなかったのだろうかとリディルは小さく溜息を零す。

 まあ、ローズマリーの元気過ぎる部分に惚れて伴侶に選んだという兄が、わざわざ義弟とのじゃれあいを止めるとは思わないが。

 お淑やかでいることにお疲れ気味の妻に、息抜きを推奨するのは兄の優しさだ。

「……今度はお止めくださいね、お兄様」

 その間違った優しさを直してもらいたい。

 リディルは足蹴にされる夫の姿に、切にそう願うのであった。



 しばらくして気が済んだのか、ローズマリーは身なりを整えると、カインが寄越したらしい侍女からローブを受け取り、それを羽織って巻き毛の髪を後ろへ払った。

「今日は少し言いすぎましたけれど……解ってくださいね、フェイレイくん。陛下はとてもお疲れなのです。そして、貴方にはとても期待していらっしゃるわ。魔族との友好の架け橋として、尽力してくださいね」

 言い過ぎというか、ヤリ過ぎという気がするが。

 本当に先程と同一人物か、と疑いたくなるような、皇后として完璧に作られた淑やかな仕草で、微笑みを見せるローズマリー。

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