Change the voice
舞台の出演予定は無し、声の仕事も名無しの端役ばかり――――。


つい声優であることを言い淀んでしまった俺を、真下さんは本気で怒ってくれた。

鈍器で後頭部を殴られて、目から火花が散ったように見えたと同時に、目の前の靄が晴れて一筋の光が差した。


(この人に声を届ける為に、もっと役を掴み取らなければ)


そう思ってレギュラー役で一番大きなオーディションを探して見つけたのが『ビリケン!』の赤道周役だった。


墨染蘇芳役に内定していた多岐川さんからは

「このオーディションは止めておけ」

と釘を刺された。


「高橋遥を、お前は知らないだろう?」


同じ事務所の声優すら録に意識していなかった俺が、他事務所の声優など知るはずもない。

多岐川さんは深い溜め息を前置きにして、こう教えてくれた。


「このアニメの原作は超人気漫画で、アニメの放送も4クール以上狙ってる。何より厄介なのは、その作品の中で、キャラクターたちが成長するってことだ」

「……?」

「小学生から中学生、中学生から高校――――人気作品だからスタッフは通しで演じられる役者を探してる。高橋遥がオファーを断ってきた以上、今となっては上手い女性に任せるのが一番有力だ」

「でも受けるのは勝手なんですよね?俺、今回は無謀なくらいの役に挑戦したい気持ちなんスけど」

気持ちが高揚していた俺は、全くの無名だと言うのに堂々と先輩に啖呵を切っていた訳だが、この時はその事に気付いていなかった。

むしろそんな出来レース紛いのオーディションに挑戦するわくわく感の方が大きかった。


多岐川さんは一瞬呆気に取られたような表情を見せたが、直ぐにいつものニヒルな笑い顔に戻った。

「そこまで言うならやれるとこまで見せてもらおうじゃねぇか」



そうして俺は多岐川さんの紹介で、声域を拡げるトレーニングに数ヶ月缶詰めにされる事となる。

結果としてこの病院と背中合わせの過酷なトレーニングが功を奏して、俺は大役を勝ち取った。

名前を伏せた覆面オーディションで、原作者を含めた全員一致での決定だと言うから、これ程役者冥利に尽きることはない。


キャスト発表時に予想されたバッシングも、スタッフや咲良先生の力強い支援があったから自信を持って跳ね返せた。
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