Change the voice
だから自分への賞与のつもりで、真下さんに自分の衣装のコーディネートをお願いした。

思いがけず、それは自分が想像していたデートというより、専属のスタイリストと出会う、まさに仕事の様相を呈した外出となってしまったけれど、帰り際に真下さんからアクセサリをプレゼントされた時は、本当に今までの全てが報われたと思えた。


(もう、これ以上はないな――――)


もう二人きりで逢う口実も無くなったと諦めた矢先だったから、真下さんから


『レギュラーが決まったお祝いをさせてください』


とメールが来たときは心底驚いた。

でも本当の驚きは、まさにその後だったりするのだが――――。



東京に来てから、煌々とそびえ立つ高層ビルやおしゃれな飲食店は、自分とは関係のない背景の一部だった。


大学を中退すると決めてからは、風呂無し共同トイレの激安アパートを探して、立地の関係で今もそこで暮らしているが、都内の一等地だと言うのに、昼でも夜の吹き溜まりを思わせるような、光とは縁のない場所にあった。


2部屋隣の女が商売の為に部屋を借りていたから、ひどい時は昼夜問わずあえぎ声がこだましていたし、近所では警察沙汰の殺傷事件もあったりで、とにかく自分にとっての東京は夢の為にもがく沼地であって、決して夢のような所ではなかった。


だから真下さんに連れられて、宝石箱のような夜景を見下ろしながら、高級和牛なるものを頬張った時、初めて"東京"が人に夢を見せる場所であることを実感したのだった。

同時に、真下さんと自分の住む世界の大差を、ひしひしと感じざるを得なかったのだが――――。
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