Change the voice
何の他愛もない食事会に怪しい雲行きが出てきたのは
「桐原さんは普段どんなお酒飲まれるんですか?」
と聞かれて
「日本酒が多いっすかね」
と答えた所からだった。
ネットでも入手困難な日本酒が運ばれてきて、一人竜宮城気分を味わっていたら、急に真下さんが
「見せたい部屋があるんだけど」
と言い出したのだ。
顔を上げると、酔ってとろりと目元を赤くした色っぽい真下さんが微笑んでいる。
(見せたい部屋……?)
(このホテルの部屋を取ってあるとか?)
(そんな美人局っぽい展開あり⁉)
と目まぐるしく逡巡したのも束の間、連行されたのは真下さんのマンションだった。
俺の頭はまたも逡巡する。
(インテリアに凝ってるとか)
(怪しい勧誘とか)
(マジでお持ち帰りされてる⁉俺)
寝室を見せたいと言われたときは、そりゃあもう期待しました。疚しく期待しましたとも。
しかし開かれた寝室は、シンプルな居室とは打って変わって壁面にずらりと棚がひしめき、ぎっしりとCDが詰め込まれていた。
天井にも床にも、音響現場でしか見ないような通好みのスピーカーが備えられていて、気持ち程度の机とベッドが置いてあった。
普段の真下さんからは想像も出来なかった秘密部屋に、真下さんは俺を招き入れると、ドサッとベッドに仰向けになった。
「良いでしょう?ここ。自慢の寝室なの。だーれも入れたことない、桐原さんが初めてのお客様」
呆気に取られながらも、棚のCDに目を馳せると、それは声優CDと呼ばれる、特殊なジャンルのCDばかり。
自分が初めて出演したドラマCDもあった。
そして信じられないことに『過ぎた春に君を思へば』のPCソフトも。
「真下さん――――まさか」
「本当に偶然だったの、桐原さんに会ったのは」
天井を見つめたままの彼女が言う。
「初めて桐原さんの声を聴いたとき、奇跡だと思った。こんな理想的な、私をときめかせる声の持ち主がいるんだって。ずっとずっと今よりたくさんの声を聴かせてくれたら良いのにって……なのに、まさか本人に会えるなんて」
俺の方に向けた瞳から、ぽろりと涙が流れた。
「ずっと前から、貴方の声が好きだった。でも会えたのは本当に偶然――――だから、私の事が嫌になっても声優は辞めないで」
静かに涙を流しながら懇願する彼女に、俺は自然とベッド脇に膝を折っていた。
そっと彼女の手を握る。
「何で俺が真下さんを嫌いにならなきゃなんないんすか」
「……だってストーカーみたいでしょ?」
「俺の"声"のね」
言いながら思わず苦笑する。
自分の声をそんなに心待にしている人がいるなんて思いも依らなかった。
どころかそんな人と今こうして手を繋いでいるのだ。
「『どうしましょうか?お嬢様。どんな台詞がお好みですか?』」
営業的声色で囁くと、彼女の顔がぼんっと赤みを増して面白かった。
真下さんは可愛い。
「桐原さんは普段どんなお酒飲まれるんですか?」
と聞かれて
「日本酒が多いっすかね」
と答えた所からだった。
ネットでも入手困難な日本酒が運ばれてきて、一人竜宮城気分を味わっていたら、急に真下さんが
「見せたい部屋があるんだけど」
と言い出したのだ。
顔を上げると、酔ってとろりと目元を赤くした色っぽい真下さんが微笑んでいる。
(見せたい部屋……?)
(このホテルの部屋を取ってあるとか?)
(そんな美人局っぽい展開あり⁉)
と目まぐるしく逡巡したのも束の間、連行されたのは真下さんのマンションだった。
俺の頭はまたも逡巡する。
(インテリアに凝ってるとか)
(怪しい勧誘とか)
(マジでお持ち帰りされてる⁉俺)
寝室を見せたいと言われたときは、そりゃあもう期待しました。疚しく期待しましたとも。
しかし開かれた寝室は、シンプルな居室とは打って変わって壁面にずらりと棚がひしめき、ぎっしりとCDが詰め込まれていた。
天井にも床にも、音響現場でしか見ないような通好みのスピーカーが備えられていて、気持ち程度の机とベッドが置いてあった。
普段の真下さんからは想像も出来なかった秘密部屋に、真下さんは俺を招き入れると、ドサッとベッドに仰向けになった。
「良いでしょう?ここ。自慢の寝室なの。だーれも入れたことない、桐原さんが初めてのお客様」
呆気に取られながらも、棚のCDに目を馳せると、それは声優CDと呼ばれる、特殊なジャンルのCDばかり。
自分が初めて出演したドラマCDもあった。
そして信じられないことに『過ぎた春に君を思へば』のPCソフトも。
「真下さん――――まさか」
「本当に偶然だったの、桐原さんに会ったのは」
天井を見つめたままの彼女が言う。
「初めて桐原さんの声を聴いたとき、奇跡だと思った。こんな理想的な、私をときめかせる声の持ち主がいるんだって。ずっとずっと今よりたくさんの声を聴かせてくれたら良いのにって……なのに、まさか本人に会えるなんて」
俺の方に向けた瞳から、ぽろりと涙が流れた。
「ずっと前から、貴方の声が好きだった。でも会えたのは本当に偶然――――だから、私の事が嫌になっても声優は辞めないで」
静かに涙を流しながら懇願する彼女に、俺は自然とベッド脇に膝を折っていた。
そっと彼女の手を握る。
「何で俺が真下さんを嫌いにならなきゃなんないんすか」
「……だってストーカーみたいでしょ?」
「俺の"声"のね」
言いながら思わず苦笑する。
自分の声をそんなに心待にしている人がいるなんて思いも依らなかった。
どころかそんな人と今こうして手を繋いでいるのだ。
「『どうしましょうか?お嬢様。どんな台詞がお好みですか?』」
営業的声色で囁くと、彼女の顔がぼんっと赤みを増して面白かった。
真下さんは可愛い。