Change the voice
「……本当に嫌いにならない?」

「なりませんよ」

「……『過春』演ってって言っても?」

「!」



『過春』……!


さすがにこう来るとは思っていなかったが、考えてみればまともな名前付きの役はそのくらいしかなかったのであった。


この時ほど持ち役を早く増やさなければと思ったことはない。



俺は軽く呼吸を整えた。


「『嫌ぁねぇ、真下ちゃんったらそんなイジワル言って』」


言いながらピシャリと真下さんの手の甲を叩くと、直ぐに真下さんが笑い転げた。


「ひどい……!もう、そっちじゃないでしょう?」

「『――――そんなに、俺の声が聴きたいんですか?』」



思わず役である本村要と、今の素の自分が混ざったような物言いになってしまい、すかさず真下さんに突っ込まれた。



「要さんはそんな言い方してなかった気がする」

「今は桐原周也の単独公演ですからね、好きに演らせていただきます」

「……うん、そうよね。桐原さんに名前呼んでもらえるだけで……しあわ、せ」


言いながら真下さんはフニャフニャと幸せそうな笑みを浮かべて眠ってしまった。


ここまで無防備な彼女に手を出せるはずもない。



俺は道すがら購入した胃薬と水をダイニングテーブルに置いて、そっと玄関を閉めた。


ドアポストに入れた鍵が、深夜のマンションで高く響いた。
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