Change the voice
音響監督の林さんは、俺の無言を肯定と受け取ったらしく、そのまま話を続けた。


「本っ当に、厳しい世界だよな、芸事っつーのは何事もよ。やる気があればなんとかなるっていう、ありきたりの夢さえも見せちゃくれねぇ。生まれ持ったなにかっていう、あやふやだけど絶対的な現実があるだけだもんな」

「……」

「まあ、こっからが本題なんだけどよ」


言いながら林さんは、ここに来て数本目となる新しい煙草に火を点けた。

「“声”の仕事をやってみる気はあるか?」

「……“声”ですか」


考えても見なかった選択肢に、オウム返しをするのが精一杯だった。

(声の仕事を薦めようって相手の前で、こんなに煙草吸っていいもんかなぁ)

と漠然と考える程には余裕が出てきていたけれど。


「お前の声は抜群に通る。それは舞台向きであるとも言えるし、主役の声を食っちまう恐れもあるわな。主人公がどんないい台詞を並べたって、お前さんの声が後ろからぽーんと入ってきちまうと、お前さんの声だけがお客さんの印象に残っちまう」

「……」

「しかしその印象的な声っていうのは、声の現場じゃあ貴重なもんだ。どうだ?ちょっと引き受けてみないか?」
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