Ri.Night Ⅲ
「妃奈、嵐ちゃんは放っておいて早く行こ。電車に遅れちゃう」
嵐ちゃんにしつこく絡まれている妃奈に助け船を出し、グイッと手を引っ張る。
「オイ、放っておくとか言うな。兄ちゃん寂しいだろうが」
「……“おもちゃ”置いていくからそれで遊んでてよ」
ちっとも寂しそうに見えない嵐ちゃんに家の中にいるおもちゃ(遊大)をどーぞどーぞと指差して差し出す。
思う存分遊んでやってくれ。
遊大、ファイト!
「凛音!早く来ねぇとホントにヤベェぞ!」
家の前に停められた車の助手席から優音が腕時計を指差しながら叫んでいる。
その声にちらりと時計に視線を落とすと。
「ホントだ!妃奈行こ!」
表示されている時間を見て、慌ててその場から駆け出した。
妃奈はもう一度最後に二人に頭を下げ、駆け足で車に乗り込む。
「慧くんごめんね、お願いします」
車に雪崩れ込む様に乗ったあたしは体勢を整えながら慧くんに声を掛けた。
「ううん、いいよ。じゃあ出発するね」
クスリと笑った慧くんは慣れた手付きでシフトレバーを動かし、発進させる。
慧くんの運転する車に乗ると毎回“あの人”の運転を思い出す。
この心地好い安心感。
運転の仕方。
漂う空気。
バックミラーで後ろを窺う所も。
目が合ったらにっこり微笑む所も。
全てが似すぎていて錯覚を起こしそうになる。
目を閉じれば、隣に居るんじゃないかって思ってしまうあたしは、まだまだ鳳皇を忘れていない証拠。
甘くて、苦しい錯覚が忘れさせてくれない。
ううん。
無理して忘れなくてもいいんだよね。
思い出しては封印して。思い出しては封印して。
そうやって少しずつ思い出の箱に閉じ込めていけばいい。
無理して忘れる必要なんてないんだ。