Ri.Night Ⅲ
「あ、貴兄。妃奈がね、あたしにも泊まりに来てねって言ってくれたの。行ってもいい?」
貴兄に向き直って貴兄の左腕をクイクイッと引っ張ると、貴兄は困った様に眉を寄せ、「分かってやってるだろ?」と肩を竦めてみせた。
「えへへ」
貴兄に“お願い”する時はやっぱり甘えるのが一番だね。
まぁ、駄目な時は駄目って言うから絶対って事はないけど。
「行ってもいいけど先に引っ越しの準備してからな?」
「うん。貴兄ありがと!」
貴兄が言った“引っ越し”という言葉に一瞬心臓が跳ねたけど、笑顔を貼り付けて返事する。
──引っ越し。
とうとうあの地から離れる時が来た。
あの地にまた足を踏み入れなきゃいけないかと思うと心が揺らぐけど仕方ない。
行かなきゃ引っ越しのが準備出来ないもんね。
「貴兄、溜まり場に行く前に寄るとこあるって言ってたけど何処行くの?」
「あぁ、凌んちだ。この前真紀さんに渡した転校手続きの書類に不備があってな。それを書き直しに」
「……そっか」
徐々に進んでいく転校手続き。
それを目の当たりにする度何とも言えない感情が心を支配して。
少しずつ少しずつ、絡まった糸が解けていく様な気がした。
それとは逆に、あたしの心には鎖が何重にも巻き付けられ、厳重に鍵がかけられる。
時折痛む心はまだ心残りがあるという事だろうか。