まさかの婚活
まさかの居候 2
引き攣りそうな笑顔で丁寧にお辞儀までして見送って……。
内心、あんたのせいでスマホ忘れたんだろうが! オフィスに戻ろうと歩き出すと思った通り受付の二人が
「先輩~ どんなお知り合いなんですか~? 教えてくださいよ~」
家の居候……。とは口が裂けても言えない。
「今朝、スマホ失くして、わざわざ届けてくださったの」
「江崎さんって、おっしゃってましたよね。どんなお仕事されてるのか聞かれました?」
だから我が家の居候だってば。無職よ! 無職!
「そんなお話する時間なかったから知らないわ」
「お礼に、お食事とか誘うんですよね? その時はぜひ私たちも誘ってくださいね。先輩!」
何が先輩だ。四つも下だから同じ大学でも会ったことない。まったく合コンしに会社に来てるのか?
だいたい受付嬢してるお嬢様方は自分が美人だと分かってる。分かってて合コンに行きたがる。男は、みんな自分たちに気があると思い込んでる。
実際いつもチヤホヤされるのは、あの二人なんだから……。
二十三歳っていう年齢は、きっと最強の武器。男たちにはどうしようもなく可愛いんだろうけど。
実態知ったら驚くだろうな。そのうち暴露本でも書いてやろうと密かに思ってる。ここは出版社なんだから……。
「仕事をしなさい。仕事を……。ほら、お客様よ」
良い所にご来客。助かった。デスクに戻って仕事だ。とても付き合っていられない……。
デスクワークは片付いた。なんだか、きょうは一日が長かった。さてと
「編集長、今から可知先生のところに寄って原稿の進み具合を見てから直帰させてもらいます」
「は~い、分かった。ご苦労さん。あんまり進んでなかったら上手くおだてて頼むよ」
「よ~く分かってます。舟和の芋羊羹も忘れずに買って行きますから。では、お先に失礼します」
外に出ると、あ~気持ちいい。真冬なら、もうとっくに真っ暗なのに。やっぱり今の季節は良い、文句なく良い。
もうすぐゴールデンウィーク、どうしよう? 実家には先月お祖母ちゃんの法事で帰ったばかりだし。
そういえば……。居候が居た。帰る実家はないのか? 前に聞いた時、今は帰れないからとかなんとか言ってた。何か事情でもあるのかな?
実家があっても帰れない人は、いくらでも居る。たとえば両親が離婚してるとか。それぞれが、もう再婚してて新しい家族が居るとか。
それ以上は話してくれなかったから、よく知らないけど。
可知先生は七十代で大人の恋愛小説を書いておられる。
二年前、奥様を病気で亡くされて、家のことは通いのお手伝いさんがやってくれている。このお手伝いさんも、ご近所の八十歳近いおばあちゃま。料理は最高。煮物なんて小料理屋さんでもすれば? という腕前で何度かご馳走になったけど本当に美味しい。料理オンチの私は
「どうすれば、こんなに美味しく出来るんですか?」
と聞くとサヨおばあちゃんは
「美味しいものを食べさせたいという気持ちが大事よ。あとは年季ね。長く作っていれば上手になるものだからね」
人生の先輩からは学ぶ事が多い。
可知先生のお宅は、ここが都内? と思うくらい静かな住宅地。昔ながらの町並みに、ここに来るとほっとする。
勝手知ったる先生のお宅。
「こんにちは」と返事がなくても入っていく。
先生は和室で文机に向かって執筆中。こういう時は静かに待つ。
美容雑誌の連載小説を書いていただいている。七十代とは思えない若々しい恋愛感が好評。落ち着いたヤングミセスから五十代、六十代の読者もいて先生の小説は売りのひとつになっている。
中でも女性観がとても素晴らしく魅力的な女性が描かれる。私も愛読者の一人だ。出来たばかりの原稿を一番初めに読ませてもらえるのが役得。
「おっ? 来てたか」
「はい。忘れずに舟和の芋羊羹も買ってきました」
「それは、ありがたい。では休憩にするかな」
そこへサヨおばあちゃん、お茶を持って登場。
「サヨさんも一緒にいただこう」
「まぁ先生、珍しいこと」 サヨさんが笑顔になる。
「やっぱり、お茶うけは芋羊羹だな」と先生。
ここに居ると時代が昭和初期? 古き良き時代? という錯覚に陥る。
その後、戦争やら、この国にとって最悪な時代を迎えるのだけれど。
あの時代を生き抜いてきた人は、すごいと思う。私にとっては小説や写真の中の出来事のような。でも、嘘、紛れも無く現実だったのだ。
人は信じられない素晴らしい事も、考えられない酷い事も、やってのけるのが可能なようだ。
「先生、家は美容雑誌なのに先生の連載小説のお陰で小説目当てに買ってくださる方が多くて助かってます。編集長から物語が完結したら単行本として出版する話も出てます」
「そう。それは嬉しいね」
「出版記念の握手会とかも企画するようなことを言ってましたよ」
「握手会かね。それはどうだろう。こんな爺さんが握手会なんかして来てくれるお客様がいるのか?」
「前に、お届けしましたよね。先生へのファンレター。きっと美しいミセスが殺到すると思いますよ」
「おいおい。あんまり人を乗せんでくれよ」
と言いながら先生は満更でもなさそうだった。