まさかの婚活
まさかの居候 4
「何を言い出すの? 結婚? 誰が?」
何だか、だんだん腹が立ってきた。一方的な蓮の言い方が……。
「碧と僕がだよ。決まってるだろう」
蓮はすごく優しげな声でそう言った……。
けれども……。
「何を勝手に決めてるの。誰が蓮と結婚するって言った?」
そうよ。そんな話、一度だってしたこともない。そんな素振りだってしてくれたことなかったでしょう?
「碧……」
悲しそうな顔をしてるつもり?
もう我慢できない。言いかけた強気な言葉はもう止められなくなっていった……。
「楽しかった? 私のこと半年も騙して。帰る家がないなんて、すごい豪邸の実家があったんじゃない。私のこと、ばかにしてたの? 田舎から出てきて実家だって蓮の家みたいに豪邸じゃないわよ」
堰を切るってこういうことなんだとひどく冷静な自分がどこかにいた……。
「田舎って仙台だろう。田舎だなんて思ってないよ。ご両親は、お二人とも教師されてるんだろう? ばかになんてしてないよ。素晴らしい仕事じゃないか」
蓮はどこまでも優しいまなざしを私に向けてくれる……。
「行く所がないって言うから……」
目の前の蓮がだんだんとぼやけていく……。
「本当にごめん。騙すつもりじゃなかったんだ。碧が雑誌の取材で店に来て、初めて会ったのに、そんな感じがしなくて話してても、すごく楽しくて一緒に居ると癒されて。この人の傍に、ずっと居られたら幸せだろうなって思った」
「嘘……」
「嘘じゃない。碧を好きだって気持ちは本当なんだ」
「信じられない。半年もずっと嘘吐いてたくせに。帰る家があるんでしょう。だったらもう帰って」
自分でも、なぜ泣いているのか分からなかった。でも涙が止まらない。悔しい、情けない、半年の間、一度も疑わなかった自分が……。
「僕が碧を傷付けたのなら謝るよ。本当にごめん。でも僕は本気だから、碧との結婚。半年、碧と一緒に居られて、すごく幸せだった。碧と結婚出来たら生涯、幸せだと思うよ。だから、すぐ返事して欲しいとは言わないから考えてみて。今夜は帰るよ。ゆっくり休んで。じゃあ……」
蓮はそのまま出て行った。ドアの閉まる音が、なぜだかとても寂しく響いた。
そうよ。帰る家あったんだから帰ればいいのよ。ここに居る理由なんてない。
蓮と私が結婚する理由もないんだと思う。もっと素敵な、どこかのお嬢さんとの縁談だってきっとある。江崎財閥に相応しい申し分のない縁談が……。
忘れよう。蓮との半年は幻だったんだ。明日から、また一人。それだけのこと。たったそれだけの……。
しばらくそのまま座ったままで頭の中を整理していた。
ふと、私の部屋こんなに広かったっけ。蓮がいないだけなのに……。そういえば蓮の荷物そのままだ。たいしてないけど。
泣いたからなのか、のどが渇いてエヴィアンを出そうと立ち上がって、冷蔵庫の扉を開けるとそこに蓮の好きなパステルのプリンを見付けた。
なんなんだろう。なんで涙がまた出てくるの? 私、オカシイ……。
さあ、明日も仕事なんだからシャワー浴びよう。
そういえば、蓮が居た半年間、お風呂でいつもすることがあった。いくらなんでも下着まで蓮に洗ってもらう訳にはいかない。だから、お風呂上りに洗濯してタオルで隠しながら干していた。それも、もうしなくていいんだ。
シャワーを浴びて鏡の前、蓮にカットしてもらったヘアスタイル。良く似合うよって言ってくれた。洗って手で形を整えながらドライヤーで乾かすだけで、ふんわりスタイリングが出来る簡単らくらくヘア。
もう寝よう。ベッドに入って……。
きょうから真ん中で眠ればいいんだ。いつも背中合わせで、それぞれ別の毛布にくるまって眠った。
蓮のやさしい寝息が背中越しに聞こえてくる。それで安心して眠れていたような気がしていた。思い出すのは蓮のことばかり。早く眠ってしまいたいのに眠れない。
今頃とても大切なことに気付いた。私は蓮のことが好きなんだ。本当、バカみたい。
熟睡出来ないまま朝が来た。
鳴る前にスマホのアラームを止めて起き上がって。
朝ご飯どうしよう。
キッチンに行くと昨夜、蓮が作ってくれたカレーが。朝カレーにしよう。お鍋を火にかけて、とろ火でかき混ぜながら沸々とあったまり香り立つスパイス。ジャーのご飯は保温が切ってある。保温のままだとご飯が硬くなるし美味しくなくなる。これは蓮の受け売りだけど。
ご飯をふっくらお皿に盛ってレンジで温めてカレーをかける。スプーンを手に持って
「いただきます」
やっぱり蓮の作るカレーは美味しい。今夜もこのカレーの残りを一人で食べよう。お皿とスプーンを洗って、さぁ、出勤支度。
「いってきます」
きょうから蓮の「いってらっしゃい」の声はないんだ。なんだか可笑しかった。
私は頑張って仕事をしよう。
それから一週間。
蓮からは何も言って来ない。スマホの番号もアドレスも知っているけれど私からも掛けないしメールもしない。
これでいいんだ。何故だか、そう思っていた。
可知先生の原稿も、いつもより早く上がって今年のゴールデンウィークは、のんびり出来る。カレンダー通りだけど、ゆっくりしよう。明日から、お休みだ。
なのに非情な編集長の声……。
「牧、おまえ明日、空いてるか?」
「えっ? あぁ、はい。予定はありませんけど……」
「頼みがあるんだがなぁ」
「何ですか?」
「急に取材が入った。担当は伊藤なんだが家族旅行の予定があるらしい。代わりに頼む」
どうせ暇ですよ。私は……。家族だっていないし……。
「分かりました。何の取材ですか?」
「江崎啓子美容学校の取材だ。若き御曹子が講師デビューするらしい」
「はあっ? ……」
何でまたそういうのが私に回って来るかなぁ。
運命の悪戯?
そんな大げさな話でもないか。ただ取材に行くだけのことじゃないの。
そうよ。仕事、仕事。私は編集者なんだから……。
何だか、だんだん腹が立ってきた。一方的な蓮の言い方が……。
「碧と僕がだよ。決まってるだろう」
蓮はすごく優しげな声でそう言った……。
けれども……。
「何を勝手に決めてるの。誰が蓮と結婚するって言った?」
そうよ。そんな話、一度だってしたこともない。そんな素振りだってしてくれたことなかったでしょう?
「碧……」
悲しそうな顔をしてるつもり?
もう我慢できない。言いかけた強気な言葉はもう止められなくなっていった……。
「楽しかった? 私のこと半年も騙して。帰る家がないなんて、すごい豪邸の実家があったんじゃない。私のこと、ばかにしてたの? 田舎から出てきて実家だって蓮の家みたいに豪邸じゃないわよ」
堰を切るってこういうことなんだとひどく冷静な自分がどこかにいた……。
「田舎って仙台だろう。田舎だなんて思ってないよ。ご両親は、お二人とも教師されてるんだろう? ばかになんてしてないよ。素晴らしい仕事じゃないか」
蓮はどこまでも優しいまなざしを私に向けてくれる……。
「行く所がないって言うから……」
目の前の蓮がだんだんとぼやけていく……。
「本当にごめん。騙すつもりじゃなかったんだ。碧が雑誌の取材で店に来て、初めて会ったのに、そんな感じがしなくて話してても、すごく楽しくて一緒に居ると癒されて。この人の傍に、ずっと居られたら幸せだろうなって思った」
「嘘……」
「嘘じゃない。碧を好きだって気持ちは本当なんだ」
「信じられない。半年もずっと嘘吐いてたくせに。帰る家があるんでしょう。だったらもう帰って」
自分でも、なぜ泣いているのか分からなかった。でも涙が止まらない。悔しい、情けない、半年の間、一度も疑わなかった自分が……。
「僕が碧を傷付けたのなら謝るよ。本当にごめん。でも僕は本気だから、碧との結婚。半年、碧と一緒に居られて、すごく幸せだった。碧と結婚出来たら生涯、幸せだと思うよ。だから、すぐ返事して欲しいとは言わないから考えてみて。今夜は帰るよ。ゆっくり休んで。じゃあ……」
蓮はそのまま出て行った。ドアの閉まる音が、なぜだかとても寂しく響いた。
そうよ。帰る家あったんだから帰ればいいのよ。ここに居る理由なんてない。
蓮と私が結婚する理由もないんだと思う。もっと素敵な、どこかのお嬢さんとの縁談だってきっとある。江崎財閥に相応しい申し分のない縁談が……。
忘れよう。蓮との半年は幻だったんだ。明日から、また一人。それだけのこと。たったそれだけの……。
しばらくそのまま座ったままで頭の中を整理していた。
ふと、私の部屋こんなに広かったっけ。蓮がいないだけなのに……。そういえば蓮の荷物そのままだ。たいしてないけど。
泣いたからなのか、のどが渇いてエヴィアンを出そうと立ち上がって、冷蔵庫の扉を開けるとそこに蓮の好きなパステルのプリンを見付けた。
なんなんだろう。なんで涙がまた出てくるの? 私、オカシイ……。
さあ、明日も仕事なんだからシャワー浴びよう。
そういえば、蓮が居た半年間、お風呂でいつもすることがあった。いくらなんでも下着まで蓮に洗ってもらう訳にはいかない。だから、お風呂上りに洗濯してタオルで隠しながら干していた。それも、もうしなくていいんだ。
シャワーを浴びて鏡の前、蓮にカットしてもらったヘアスタイル。良く似合うよって言ってくれた。洗って手で形を整えながらドライヤーで乾かすだけで、ふんわりスタイリングが出来る簡単らくらくヘア。
もう寝よう。ベッドに入って……。
きょうから真ん中で眠ればいいんだ。いつも背中合わせで、それぞれ別の毛布にくるまって眠った。
蓮のやさしい寝息が背中越しに聞こえてくる。それで安心して眠れていたような気がしていた。思い出すのは蓮のことばかり。早く眠ってしまいたいのに眠れない。
今頃とても大切なことに気付いた。私は蓮のことが好きなんだ。本当、バカみたい。
熟睡出来ないまま朝が来た。
鳴る前にスマホのアラームを止めて起き上がって。
朝ご飯どうしよう。
キッチンに行くと昨夜、蓮が作ってくれたカレーが。朝カレーにしよう。お鍋を火にかけて、とろ火でかき混ぜながら沸々とあったまり香り立つスパイス。ジャーのご飯は保温が切ってある。保温のままだとご飯が硬くなるし美味しくなくなる。これは蓮の受け売りだけど。
ご飯をふっくらお皿に盛ってレンジで温めてカレーをかける。スプーンを手に持って
「いただきます」
やっぱり蓮の作るカレーは美味しい。今夜もこのカレーの残りを一人で食べよう。お皿とスプーンを洗って、さぁ、出勤支度。
「いってきます」
きょうから蓮の「いってらっしゃい」の声はないんだ。なんだか可笑しかった。
私は頑張って仕事をしよう。
それから一週間。
蓮からは何も言って来ない。スマホの番号もアドレスも知っているけれど私からも掛けないしメールもしない。
これでいいんだ。何故だか、そう思っていた。
可知先生の原稿も、いつもより早く上がって今年のゴールデンウィークは、のんびり出来る。カレンダー通りだけど、ゆっくりしよう。明日から、お休みだ。
なのに非情な編集長の声……。
「牧、おまえ明日、空いてるか?」
「えっ? あぁ、はい。予定はありませんけど……」
「頼みがあるんだがなぁ」
「何ですか?」
「急に取材が入った。担当は伊藤なんだが家族旅行の予定があるらしい。代わりに頼む」
どうせ暇ですよ。私は……。家族だっていないし……。
「分かりました。何の取材ですか?」
「江崎啓子美容学校の取材だ。若き御曹子が講師デビューするらしい」
「はあっ? ……」
何でまたそういうのが私に回って来るかなぁ。
運命の悪戯?
そんな大げさな話でもないか。ただ取材に行くだけのことじゃないの。
そうよ。仕事、仕事。私は編集者なんだから……。