sinner

 
化粧を落として、触るととても気持ちのいいらしいもこもことした生地のルームウェアに身を包んだ彼女は、一年ほど前に知ったノーメイクだと幼い顔をほころばせて挨拶をしてくれる。


今日は、その出で立ちに思わず吹き出してしまった。だって彼女の片手には、マリネされたカラフルな野菜たちがサラダボウルごと乗せられていたから。
サラダをもりもりと、ベランダで食す姿がなんだか可愛くて可愛くて、ぼくは、その一連の動作を密かに観察する。


ぼくの視線に一向に気づかず、だから動揺もしない彼女は、特に恥ずかしがりもせずに愚痴をこぼす。どうやら、二人分作ってしまった夕食の処理らしかった。


「他のは明日のお弁当に出来るんですけど、これはスモークサーモン入っちゃってるし、明日の夜は私も向こうも飲み会で消費期限が。でも残すのは嫌なので」


ここで、それをぼくに食べさせて下さいとは言えるわけがない。お弁当ってなんだそれ、憧れてしまう。


隣人としての距離を保つのを意識しながら、そうなんだねと相槌を打つ。食べ物を粗末にしないのは素敵だなんて、余分な感情と共に口をつく。


時刻は二十一時。今日の夕食は件のマリネサラダだけに絞った彼女の身体はやはり華奢で、お肉を食べなさいと与えたくなる。さっき買ってきたばかりのチキン南蛮弁当が、ぼくの部屋のテーブルでは温もりを保っていて。


「もう……っ。今日は早く帰るからって言ってたし、メニューのリクエストもされてたんですよ。酷くないですか?」


同棲中の男に憤る彼女に、ぼくはつい一時間半前に遭遇してしまった光景を思い出し……そうして、その光景の中心にいた男女を思い浮かべ、彼女の憤りに頷いた。


「ああ、それは――、本当に酷いことだ」


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