sinner
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サラダを食べて身体が冷えたのか、彼女は一度肩を震わせたあと、おやすみなさいと帰っていってしまった。いまだ同棲中の男の帰宅しない部屋の中へ。
花たちの手入れをしながら、さっきまで仕切られたベランダの向こうにいた彼女の姿を脳内再生し、ほわりと心が温もりをもつ。
化粧を落とした彼女の目尻は、実はきつくはなく、柔らかな印象を受けてそのギャップにやられた。思えば彼女に落ちたのは、その瞬間かもしれない。だってとんでもなく可愛かったんだ。
育てた花を渡す際、アクシデント的に触れてしまう互いの指先、なんてことには恵まれず、いつも神様にその機会を願うぼくを彼女には知られたくない。植物たちを誉められるだけで、もうどうしようもないくらいに有頂天になるくらいには、ぼくはもうやられてしまっている。
彼女のことを考え、ほわりとする心は、けれど複雑怪奇で……最近は乱高下を繰り返す。
彼女の恋人――あの男の不貞を知り、この隙を狙えないかと考えてみたり、けれど彼女が傷つくのは望んでいなかったり。それは結局、ぼくが彼女に対して本気ではないのかと項垂れてみたり……。
彼女が男を語るときの表情に嫉妬する。月日が経過するごとに、彼女はその中に憂いを混じらせるようになったけれど。自覚しているのかいないのかは、わからない。
ぼくはほとんど、彼女のことを知らない。
彼女との会話に一日の癒しを感じる。十五分が最長のベランダでの逢瀬が寂しくて引き留めたくて仕方ない。ぼくの好みの声で会話してもらえる日常のどうでもいいことに、次第に嵌まっていって、もうずぶずぶかもしれない。
警戒心が薄れていくのは嬉しかった。気高い猫を手なづけていくような感覚。
……実際、ただのお隣さんの位置から脱したことはないけど、それでも幸せなものだ。