そこにアルのに見えないモノ

「保険証券が‥、引き出しに一緒に入っていました。
後の始末は頼むと書いてあり、出来るだけ従業員が困らないように渡して欲しいという事でした。総てを精算するのは無理でした。
借金が残る事になりました。
高校を卒業するのも、もうすぐ。すぐ働き始めても、一体どうして返していったら良いのか…。訳が解らなくて、途方に暮れました。
母は抜け殻のようになってしまいました。
私が結婚していれば父は死なずに済んだとか、責めたい気持ちもあっただろうと思います。
でも、罵る気力も無かったようでした。
毎日、同じ場所から動くこともせず…。何処とも解らない宙を見て…。
父の居ない現実を直視したく無かったんだと思います。
取り敢えず払えるのは利息分だけでした。当面は返済したくても手がつけられなかったんです。
今となっては、結婚相手がどんな人だったのかも解らないけれど…。
‥違っていたんですよね、私が結婚することを承諾さえしていれば‥。私はバカです。
父がどういう思いで、どれだけ追い込まれていたのか、何故もっと深く考えなかったのか。でも子供だから…解らなかった…。自分のことばかり…主張して。父もそれ以上強要しなかった‥。
例え知らない人と結婚していたとしても、その人が望んでくれていたのだから、それで良かったんじゃないのか…。そしたら、父は死ななくて済んだのに‥。
今だって…従業員の人達と笑って仕事をしていただろうと思うと……。
大事に仕事をしてきた工場を汚したくないと、死に場所を探して‥廃屋を見つけたようでした。トボトボと歩いている父の姿を見掛けた人が居て…。
引き出しの中には、母、そして、私に宛てた手紙もありました」
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