そこにアルのに見えないモノ
「…有難うございました」
帰る背中に声を掛けるも…。思うような会話にならなかったんだ。…初めから食べるつもりもなかっただろう。
受け取った名刺。
グラフィックデザイナー、黒崎凌平、か…。
…黒崎って。
俺は名刺をベストの内ポケットに押し込んだ。
先に帰った客の食器を引き、テーブルを拭き、カウンターの…さっきの客の皿も下げた。
コーヒーカップ、グラスを引きながら、自然と思案していた。‥手が止まってしまった。
黒崎という男が訪ねて来た事…。話さない方がいいのか、話した方がいいのか…。
話さなかったとしても、あの男なら、夜にでもまた来そうな気がする。
俺は、“居ない”とは言わなかったから。
俺が決めては駄目か…。
どうするかはカオルちゃんが決める事だ。
投げやりな言葉ではない、成るように成るさ…、ケセラセラだ。
今夜カオルちゃんが来たら、名刺を渡して話そう。
俺の考え過ぎで人違いかも知れないし。まだ確証は何も無い。
感情は交えまい。
事実だけを話してみよう。